解放の神学から、現代社会へ1

 解放の神学の紹介を行いつつ、前回は、フレイレに到達した。そこからイリッチへと話が展開するのも、もう少しである(この接続は来週のブログ記事で行う予定)。こうした流れを辿ることは、解放の神学の現代的な射程を考える上で、学校や医療といった現代社会の諸問題との関連付ける上で、不可欠の作業となる。
 実際、解放の神学が進展し始めた1960年代は、世界的なカウンターカルチャー運動(反戦・平和運動や学生運動を含む)が興隆した時期であって、それは解放の神学の進展に大きな役割を果たした(とくに、北米では)。解放の神学は、現代社会の多様な問題の文脈へと展開し、今日に至っているのである。
 その文脈の中で、フレイレからイリッチへと辿られるのは、学校・教育という視点から現代社会という線である。
 とこかくも、イリッチから。
 イリッチと言えば、「脱学校」というキーワードが有名で、文献的には次のものが挙げられる。

イヴァン・イリッチ
『脱学校の社会』
東京創元社、1977年。


1 なぜ学校を廃止しなければならないのか
2 学校の現象学
3 進歩の儀礼化
4 制度スペクトル
5 不条理な一貫性
6 学習のためのネットワーク
7 エピメテウス的人間の再生

解説
あとがき

 「近代」は、国民国家を政治的基礎単位として成立し、その内実を支える制度の一つ(徴兵制・軍隊、税制などとともに)が学校制度(初等教育)である。したがって、学校を問うと言うことは、この近代の仕組みを根本から問い直すという巨大な作業を伴うことになる。その作業は、現代のポスト近代論まで延々と継続しているが(しかも、多様な実験・試みを評価することもなく)、そろそろ、巨大な問題の全貌を踏まえつつ、ここ半世紀の到達点を確認する必要があるだろう。
 問われているのは、格差社会と教育、グローバル化と教育、認知資本主義と教育という観点であり、教育から現代社会全体へと議論は拡張されることになる。

 以上、来週掲載予定の記事に先回りした内容となったが、このラインを先に少し辿ることにする。
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『学術の動向』 から

『学術の動向』 2017. 8 (日本学術会議)が届きました。
 今回も、二つの特集による構成ですが、特別企画などが追加されています。全体的に、少子化、女性、ジェンダーをめぐる内容が目立ちます。「202030」=「2020年までに各分野の指導的立場に女性の占める割合を少なくとも30%にする」ということですが、身近なところで、大学は?(文学部は少しきつい)、学会は?(日本基督教学会はまったく見通し無し)・・・。

【特集1】「卵子に老化」が問題になる社会を考える─少子化社会対策と医療・ジェンダー─
・「日本の少子化と少子化対策」 (阿藤誠)
・「生殖補助医療が高齢出産化い与えた生物人口学的インパクト─卵子の老化をめぐって」 (早乙女智子)
・「非科学的知識の広がりと専門家の責任─高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐる可視化されたこと」 (田中重人)
・「どんな情報提供が求められているのか? ─高校保健副教材問題が提起する」 (江原由美子)
・「卵子の提供を受けて母親になること─高齢妊娠女性への聞き取り調査から」 (白井千晶)
・「少子社会、あるいは「卵子の老化」の何が問題なのか?」 (小浜正子)
・「高齢妊娠における不安と選択─出産前検査という問題」 (菅野摂子)
・「「卵子の老化」説から考える年をとることへの恐れと生殖医療技術の拡大の関係」 (柘植あづみ)


 一般には、少子化対策と言っても、精神論が目立つ? 財政的な支出なしに、少子化対策と言われても・・・。形だけ協議し報告書を書けば「対策」になると思っていないか? 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフ事件(高校保健副教材事件)というのが日本の現状を示している(田中論文を見よ)。

【特集2】202030は可能か─「女性活躍法」の実効性を問う─
・「国家公務員の女性活躍推進」 (古澤ゆり)
・「「政治分野における男女共同参画推進法」制定を目指して」 (行田邦子)
・「成功の鍵は「無意識のバイアス」の打破と「3K上司」にある─先進企業の事例から」 (麓幸子)
・「日本のメディアにおける女性活躍推進」 (四方由美)
・「理系女性研究者の活躍に向けて─東京農工大学における女性研究者援助の取組」 (宮浦千里)
・「教育分野の実態と課題─初等中等教育機関の教員に着目して」 (河野銀子)
・「研究する人生の魅力を高めながら、女性を増やすことが必要」 (大沢真理)
・「「292030」は何のため?」 (上野千鶴子)
・「「はたらく」ということ─「強い男(女)という妖怪」に抗して」 (遠藤薫)

 「3K上司」という企業視線は、「女性はこれまでじゅうぶんに変化してきたし、力もつけてきた。変わらなければならないのは国家、社会、企業など男性社会の側にある」とがどうかみ合うのか?  個々の現実を動かすには個々の人間関係問題ではあるが、システムとシステム・エートスの問題に分析と対策が必要というのが、人文学の成果ではなかったのか? それに手を付けなければ、確かに「「ジェンダー公正」への道は遠い」。

◆特別企画:「JAPAN PRIZE」
・「JAPAN PRIZE:人類の平和と繁栄のために」 (矢﨑義雄)
・「先導的暗号研究による情報セキュリティへの貢献」 (アディ・シャミア)
・「CRISPR-Casによるゲノム編集機構の解明」 (エマニュエル・シャルパンティエ/ジェニファー・ダウドナ)


 そのほかにも、諸分科会からの提言。

『福音と世界』 から

『福音と世界』 2017. 9(新教出版社)が届きました。 気がつけば、8月も下旬、しかし、残暑は続いており、さざまな点で疲れ気味です。しかし、お盆頃からようやく始まった休みの期間にやすべき仕事の方は、一応順調、予定通りの進み具合です。9月号が手元にとどいたばかりですが、10月号の原稿も校正が終わりましたし、8月末締めきりの論文もほぼ完成です。そのほかの学会関係の仕事も、また翻訳担当箇所の校正も、めどがつきました。しかし、9月には、次の連載と、27000字程度の原稿が一つ締めきりになります。

 今回の9月号の特集は「沖縄──過去・現在・未来」です。8月の号の特集「象徴天皇制・国家・キリスト教」とも、密接に関わる事柄でありますが、現在、きわめて重要な事態にさしかかりつつある問題です。マスコミなどの責任にして、知らなかったでは済まない問いがここにあります。もちろん、キリスト教会も、キリスト教研究も、この問いを免れていないことをこの特集から確認すべきでしょう。
 今回収録されたのは下記の論考。

・「ひらかれゆく戦後沖縄の民衆思想──アジアからの公同平和」 (森宣雄)
・「戦後沖縄におけるキリスト教の二つの潮流──戦前からの連続性と沖縄キリスト教史の構造」 (一色哲)
・「辺野古・高江でいま起こっていること」 (金井創)
・「女性の視点で基地・軍隊を捉えなおす」 (山城紀子)
・「HIPHOPの群島──ローカルを代表するグルーバルなビート」 (浜邦彦)
・「日本基督教団における軍用機奉納運動」 (森田喜基)

特集の後に、次の記事が掲載。
・リチャード・ボウカム「インタビュー 政治と聖書と神の国」 聞き手:山口希生
 現代イギリスの新約学者として日本でも紹介されている、ボウカム。

 確かに、現代イギリスの聖書学・神学はおもしろい。同じ英語圏でもアメリカとはひと味もふた味も異なる、もちろん、ドイツとも。

 次に、連載です。
・高井ヘラー由紀「はじめての台湾キリスト教史(6)」:「日本統治の到来と台湾キリスト教界」
 「台湾における最大のプロテスタント教会は台湾基督長老教会」である。「今日の台湾には長老教会以外にも大規模な教会が存在しているが、戦前まではプロテスタントといえば長老派一派を指すに近く、戦後も長老教会が他教派に比して圧倒的な教勢を有する時期がながく続いた。」
「一八九五年に日清戦争が勃発し一八九五年四月に日清講和条約が締結されると、台湾は日本に割譲され、その統治下に入ることになった」、「日本軍による台湾の武力制圧が開始されのであるが、これによって台湾民衆一般のみならず台湾教会にも甚大な苦しみがもたらされた。」
「同時に、それは日本人キリスト教徒と台湾キリスト教徒との「出会い」ももららした」、「積極的な関係構築が試みられたのであった。」
「無抵抗であり、「協力的」でさえあったことは、台湾総督府をしてキリスト教に好印象を抱かせることとなった。」
「しかし、「匪賊」が完全に鎮圧されたる後の台湾では同化主義路線が強化されるようになり、ミッション事業も次第に「日本化」への対応に追われるようになっていくのである。」

 台湾と朝鮮半島、相違と類似。

・吉松純:アメリカの神学のいま11 「キリスト教王国」アメリカの課題
 話題は、ハワーワスとウィリモン、そして彼らが考えるアメリカの教会の問題です。
 「私は同じメソジストでもハワーハスとウィリモンの保守的伝統主義神学や姿勢とは一線を画していて相容れない部分も多々あり、彼らの主張は時流に逆らって咲いたあだ花のように思えます。」

 なるほど、あだ花ですか。問題は「アメリカ」をどう見るかでしょうか。「牧師になろうとする学生の数が過半数を下回」る神学校の存在価値は、やはり問題なのだろう。

 続いて、わたくしが担当の連載。
 わたくしが担当の連載「現代神学の冒険──新しい海図を求めて」は、今回が12回目。「解放の神学」系の最初話題は、「フェミニスト神学とその展開」は、全体の趣旨は、フェミニスト神学が解放の地平を大きく切り開き、その中で、人種や地域を越えて、教派を超えてフェミニスト神学は広がってきているが、それは、性差を超え、人間とほかの生命の境界を超える形で、フェミニスト神学自体を大きく乗り越える動きをも生み出しつつあること、そして、これがポスト近代の特徴であることである。キリスト教とほかの宗教との境界を超える動きまでは十分に指摘できなかったが、もう少し字数に余裕があれば、これも触れるべきだった。
 以上のフェミニスト神学の動向は、「近代」そのものとも言える。この場合の近代とは、近代自体を自己超越する運動・動性を含む。次回は、黒人神学。
 
最後は、いつものように次の連載。
・内田樹「レヴィナスの時間論」:「『時間と他者』を読む30」
「ハイデガーに限らない、西欧形而上学は一貫して「孤独であること」と「人との交わりのうちにあること」を対立させてきた」。
「言うのは容易である」、「「パスカル的、キェルケゴール的、ニーチェ的、ハイデガー的な不安のあろうとも」」「人は日々の生活から逃げ切ることはできない。」
「不安の哲学者たちが「パンを気づかう」人々を「非真正的」な生き方のうちに頽落していると冷たく批判すれば、社会主義的ヒューマニズムを掲げる人たちは、「あんたたちこそ現実逃避をしているだけじゃないか」と切り返す。両者の言い分はそれぞに根拠があり、正統性がある。」
「レヴィナスは微妙な言葉づかいで、「孤独の哲学」と「社会主義的ヒューマニズム」を対比させてみせる。」
「若きカミユ」「レヴィナスがこの講演で「社会主義的ヒューマニズム」という言葉を用いているときの含意はこれに近いものではないかを私には思われる。」

 解放の神学の問いも、こうした文脈と無関係ではない。

解放の神学9

 解放の神学との関連でしばしば登場するのが、解放の教育学として日本でも知られる、パウロ・フレイレである。1970年代から80年代にかけて、かなり注目された時期があったとおもわれるが、現在はどうだろうか。今回は、解放の神学の関係で、フレイレも取り上げておきたい。
 まずは、なんと言っても、次の文献。

パウロ・フレイレ
『被抑圧者の教育学』
亜紀書房、1979年。

序章
Ⅰ なぜ被抑圧者の教育学か?
  一 なぜ被抑圧者の教育学か?──人間化の課題をめぐって
  二 抑圧者─被抑圧者の矛盾とその克服
  三 抑圧の具体状況と抑圧者
  四 抑圧の具体状況と被抑圧者
  五 抑圧からの相互解放──省察と実践の共有をとおして

Ⅱ 銀行型教育と課題提起教育
  一 預金行為としての教育──非人間化をもたらす教育
  二 銀行型教育──教師─生徒、エリート─民衆の矛盾
  三 課題提起教育──世界への介在
  四 歴史的使命としての人間化

Ⅲ 対話──自由の実践としての教育の本質
  一 対話──自由の実践としての教育の本質の
  二 対話と対話的教育
  三 教育プログラム編成の基礎としての対話
  四 生成テーマとそbの教育プログラム内容
  五 生成テーマの探究とその方法
  六 生成テーマ探究と意識化の実践

Ⅳ 文化行動の理論
  一 反対話的行動理論と対話的行動理論
  二 反対話的行動理論その特徴
       征服 分割統治 大衆操作 文化侵略
  三 対話的行動理論その特徴
       協同 解放のための団結 組織化 文化総合

解説
文献紹介
あとがき

 解放の神学は解放の教育学との連携で進展した。これは、西欧型の政教分離とは基本的にことなる宗教・文化理論に基づいている。

解放の神学8

 前回に続き、ボフの解放の神学の紹介を行いたい。前回よりは、やや新しい文献である。

Leonardo Boff,
New Evangelization. Good News to the Poor,
Wipf & Stock Publishers, 1991.

Preface: A New Evangelization --- A Debt Owed to Latin America

Part 1 Evangelizing From Oppressed Cultures
1. Cultures, Acculturation, Enculturation, Inculturation, and Civilization: Semantic Precision
2. Latin American Culture and Its Catholic Substance: Myth and Reality
3. Christianity in the Cultures of Latin A,erica
4. What Is the Gospel in Relation to Cultures and Religions?
5. Cultures Assimilate the Gospel
6. Christian Obstacles to the Inculturation of the Gospel Today
7. The Need for the Church To Be Evangelized by Cultures
8. Challenges to Evangelization from Cultures in Latin America

Part 2 Minimum Content for a New Evangelization
9. From a Colonial Evangelization to a Liberative Evangelization
10. The Triune God Always Arrives before the Missionary
11. The Eternal Word Incarnate and Raised Is Always Active in Cultures
12. The Holy Spirit: The Divine Imagination in Cultures
13. Toward a Church with Mestizo Features

Part 3 The Liberative Method of our Lady of Guadalupe: The Amerindian Gospel
14. The Impasse of the First Evangelization: Absence of Dialogue with Native Religions
15. "Land of True Pease": Las Casas's Peaceful Evangelization
16. The Liberative Method of the Dark Virgin

Conclusion: Building a Culture of Life and Freedom Together

Notes

 現在、宗教学では、宗教概念の見直しが論争され、またキリスト教思想ではキリスト教・福音と文化との問題が宗教的多元性を前提に再度問題化している。こうした問題状況の中で、ボフの議論は重要な意味を持つ。ノートを入れても、130頁に満たない大きさではあるが、一度本格的に取り上げて見たい文献である。 
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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