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カント、政治哲学、アーレント

 カントと政治哲学というテーマは、南原繁との関係で、この秋の研究テーマとなることは、すでに本ブログでも述べたところであるが、このテーマについては、参照すべき研究はいくつも存在している。たとえば、ハンナ・アーレントである。

ハンナ・アーレント
『カント政治哲学の講義』
法政大学出版局、1987年。

凡例
[編者ベイナーの]序言

第一部 アーレントのテキスト
 カント政治哲学の講義:第一講~第十三講
 構想力

第二部 解釈的試論
 ハンナ・アーレントの判断作用について
  (ロナルド・ベイナー)

原注
訳注
監訳者あとがき (浜田義文)
人名索引
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ポジティブ呪文を脱却するために

 人生はポジティブでなければならない、積極的であることが大切である。私も、基本的にはそう思っている。しかし、度が過ぎると、ポジティブでなければならないという呪文に束縛されるようになると、解毒剤が必要になる。前回のブログで取り上げた文献の著者が、次のような本を書いている。

南條竹則
『人生はうしろ向きに』
集英社新書、2011年。

第一章 何事も今より良くならない
第二章 イヤだ、イヤだ、未来はイヤだ
第三章 人間には「昨日」しかない
第四章 「昨日」の見つけ方
第五章 うしろ向きの凡人と達人
第六章 チャールズ・ラム
第七章 「昨日」の夢
第八章 究極の「昨日」

あとがき
参考文献一覧

  著者の見解には、さまざまな言いたいこともあるが、自分によって、もっとも確かなものが問われていることは間違いない。

英語という言語

 日本人にとって英語はさまざまな思い入れがある言語であるが、その成立を辿るときわめて特徴的な言語であることがわかる。特に、フランス語の関係はイギリスという国家の成立の事情を理解する上で重要である。こうした点を含めて、次の文献では英語について興味深い解説がなされている。

南條竹則
『英語とは何か』
シンターナショナル新書、2018年。

プロローグ
第一章 英語という世界語
第二章 英語といかにつきあうべきか
第三章 早期教育と英語の実用
第四章 英語と第二外国語
第五章 英語とフランス語
第六章 英語の中の外国語
第七章 英語の発音について
第八章 コンプレックスをなくそう
第九章 言葉と言葉の相性について
エピローグ

 生成AIの登場と進展は、この英語との関わりをどのように変化させるだろうか。 

『福音と世界』から

『福音と世界』 2023. 10(新教出版社)が届きました。
 9月下旬、すでに秋学期・後期の授業が始まり、授業中心に回る一週間のリズムが戻ってきました。夏の仕事はかなり予定通りに進めることができましたが、事典の項目執筆は持ち越しになり、10月から11月にかけての完成を目指すことになります。また、11月に講演が二つある関係で、その点も気にしながら、仕事を進めます。
 このブログを御覧のみなさんは、どんな夏をお過ごしだったのでしょうか。

 今回の特集のテーマは、「飢餓と食物」というきわめて基本的な問題が選ばれています。同じく特集企画の一端を担う者として、自分であればどんな仕方でこのテーマを展開したかということを考えてしまいます。今年度の分は、すでに基本的な企画が終わっていますが、来年度はどうするか。これが問題です。ともかくも、食・農は、広く共有された関心事となっています。

「大地に息づくいのりのように」
 (エップ・レイモンド&荒谷明子)
「飢餓に備える──生命ボリュームの視点から」
 (飯尾裕光)
「古代イスラエルの存続と「飢餓・飢餓」」
 (金井美彦)
「クリスチャンは自ら食べ物を作る者となれるか」
 (植木献)
「なにを食べ、だれと共に生きるのか──二つの農業と二つの哲学」
 (竹之内裕文)
「ミダスの狂気──資本主義の逆説」
 (福嶋揚)

 次に、連載へ。
・後藤里菜「神と「女性的なもの」を辿って──西洋中世の女性神秘家たち」
  第5回「自由にする愛」
 
 今回取り上げられるのは、ナザレトのベアトリス(1200頃~1268年)。

・山口陽一「「日本的キリスト教」を読む」21  
今回は、加藤一夫『日本的基督教』(一九四八年)が取り上げられています。
「キリスト教、ユニテリアン、トルストイ、自然主義文学、アナーキスト、農本主義を経て天皇信仰へ」との小見出しがありますが、かなり特異な思想形成であると言うべきでしょう。その一方で、「加藤は敗戦を経験しても、戦中の思想を根本的に悔い改めるということがなかった」ということでもある。

・勝村弘也「古代イスラエル文学史序説──聖書文学の発生と展開」32
「ヒンネーとヴェヒンネーの統辞論(3) 」
前回までの 「1 はじめに」「2 アモスの幻」「3 エレミヤの幻視」「4 夢におけるヴェヒンネー」「5 会話における「ヒンネー」の用法」「6 会話以外の箇所での「ヒンネー」の用法」「7 神やみ使いの告知文におけるヒンネーの用法」に続いて、今回は、「8 ヒンネニーとヒンニーの用法」「9 物語の語り手によるヴェンヒンネーの用法」「10 新約における新しい現実の導入句」です。
 「語り手が物語の自動的な進行を中断して、新しい現実を示そうとする」場合に用いられる「導入句」が、この3回のテーマだったわけです。 

雑誌紹介127

日本基督教学会の学会誌『日本の神学』が届きました。刊行は9月の学術大会後というのが例年ですから、今年も予定通りの刊行です。本部事務局の移転に伴う、新しい学会誌編集委員会による、実質的な最初の学会誌です。関係のみなさまご苦労様でした。

日本基督教学会
『日本の神学』62、
2023年9月。

<序>(いわゆる巻頭言)
・「新型コロナ感染症を超えて」
 (理事長 芦名定道)

<講演>(2022年度の学術大会での講演)
・「キリスト教的人格教育の特性と今日的意義
  ──神学と教育の間で」
 (朴 憲郁)


<論文>
・「千葉勇五郎──一五年戦争期のバプテスト派リーダーの葛藤」
  (山中弘次)
・「アジア・太平洋戦争期「日本基督教」の射程──その神学的可能性の検討」
  (村松晋)
・「塚本虎二と岩下壮一の論争──キリスト者としてあるべき信仰と生き方をめぐって」
  (渡部和隆)

 今回は、日本のキリスト教に関連の論文が3本になりました。珍しいことです。

<成果と展望(書評)>
 10本の書評が収録。
 私の著書『脳科学とキリスト教思想』(三恵社、2022年)に対する、今井尚生さんによる書評も収録されています。書評、ありがとうございました。

<シンポジウム>(2022年度の学術大会での公開シンポジウム)
主題「神学と教育の間で」
 発題1 「文化の神学と世俗教育」 (近藤剛)
 発題2 「日本のキリスト教における神学と教育──無教会主義キリスト教と教育」 (岩野祐介)

<英文報告>
 (Yusuke IWANO)

<報告>
 投稿規定、倫理規定
 編集後記
プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 本ブログは、2013年度以降に、芦名定道を代表者として交付を受けた科研費による研究内容を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。この間、ブログのタイトルは、「自然神学・環境・経済」から、「自然神学・宗教哲学・自然哲学」へと変化したが、趣旨は一貫しており、かなり自由にさまざまな問題を取り上げきました。2021年4月より、このブログの作成者は、所属する大学が変わりましたが、当面は、同様の内容でこのブログを運営する予定です。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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