ル=ゴフ7

 ル=ゴフについては、すでにかなりの紹介を行って来たと思われるが、歴史家(アナール学派第3世代)であるル=ゴフが「歴史」をどうとらえるかという問題は興味深いテーマである。これは、歴史哲学という仕方で表現できるものに関連するが、おそらくル=ゴフはこの名称をあまり評価しないだろう。では、歴史とは。その手掛かりは記憶に求まれれる(参考文献には、リクールの著作が収録されている)。今回の著作(序文によると、1977年~82年にかけて百科事典の項目としてイタリア語で書かれたテキストが収録されていた)は、このテーマに関わっている。

ジャック・ル・ゴフ
『歴史と記憶』
法政大学出版局、1999年(原著は、1986年に初版)

フランス語版への序文(一九八八年)
イタリア語版への序文(一九八六年)

第一章 過去/現在
   第一節 心理学における過去/現在の対立
   第二節 言語学が照らしだす過去/現在
   第三節 「野生の思考」における過去/現在
   第四節 歴史意識における過去/現在についての一般的考察
   第五節 古代ギリシアから一九世紀に至るヨーロッパ思想における過去/現在
   第六節 過去の強迫観念、現在史、未来の魅力の間に挟まれた二〇世紀

第二章 古代/近代
   第一節 西洋的で曖昧な対概念
   第二節 この対概念における主役は近代である
   第三節 古代の曖昧さ──ギリシア・ローマ的古代と他の古代
   第四節 近代とそのライバルたち──《新しさ》と《進歩》
   第五節 《古代/近代》と歴史──前産業期のヨーロッパにおける古代人と近代人の論争(六~一八世紀)
   第六節 《古代/近代》と歴史──近代主義、近代化、近代性(一九~二〇世紀)
   第七節 近代主義 [近代性] の意味を明らかにする諸領域
   第八節 近代主義 [近代性] の自覚の歴史的諸条件
   第九節 近代的なるものの曖昧さ

第三章 記憶
   第一節 民族的記憶
   第二節 口承から文字への記憶の発展──先史時代から古代へ
   第三節 西洋中世における記憶
   第四節 文字と図像による記憶の進歩──ルネサンスから現代まで
   第五節 現代における記憶の大変動
   結  論 拠り所としての記憶

第四章 歴史
   第一節 歴史のパラドクスと曖昧さ
   第二節 歴史心性──人間と過去
   第三節 歴史哲学
   第四節 科学としての歴史──歴史家という職業
   第五節 歴史学の現在

訳者あとがき
参考文献
原注 

 歴史意識と歴史学にとっての「近代」の意義は、ル=ゴフの指摘の通りであろう。こうした論点は、キリスト教思想にとっても、みわめて基本的な事柄であり、わたくしは、修士論文以来、この問題に付き合ってきた(修論の段階で、ル=ゴフを知っていれば、議論はもっと深まったであろう。しかし、この著作が1986年の刊行であるとすれば、それはあり得ないことではあるが)。日本におけるキリスト教思想で、こうした議論に近くに位置するのは、大木英夫(『新しい共同体の倫理学 基礎論 上下』)と近藤勝彦(『デモクラシーの神学思想』『キリスト教弁証学』)の両先生の著書と言えるであろう。
 近代、歴史、記憶は、依然として、重要かつ魅惑的なテーマである。

 ル=ゴフの紹介は、今回で一段落となる。
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医療資源の倫理学

 応用倫理学の守備範囲は人間の活動領域全体に及んでいる。人間の行為は、倫理的な問いのなり得るからである。先日、監訳者からご寄贈いただいた次に書籍は、副題に「医療資源の倫理学」と記されており、この問題が今後、重要なテーマになるとの印象を受けた。

グレッグ・ボグナー、イワオ・ヒロセ
『誰の健康が優先されるのか──医療資源の倫理学』
岩波書店、2017年。

日本語版への序文
謝辞

序章
第1章 倫理学と医療
第2章 健康の価値
第3章 倫理と費用対効果
第4章 差別の問題
第5章 健康利益の集計
第6章 健康に対する責任
結論

用語集
参考文献
索引

 各章は、その最後の「章のまとめ」「議論のための問い」「読書案内」が付されており、個人で読む、授業などで共同で読む、といったさまざまな読み方が可能なように配慮指されている。日本語版への序文も、丁寧である。医療問題を思想という観点から考える手掛かりになると思われる。

社会心理学3

 今回取り上げるのは、かなりの自伝的な要素も含む、やや一般的むけ(?)のエッセイである。学術書というジャンルのものではないが、内容は考えさせられるとkろおが少なくない。

小坂井敏晶
『答えのない世界を生きる』
祥伝社、2017年。

はじめに

第一部 考える道しるべに
  第一章 知識とは何か
      知識が思考の邪魔をする/当たり前なことほど難しい/
      矛盾の効用/異質性の金脈
      独創性神話/答えではなく、問いを学ぶ
  第二章 自分の頭で考えるために
      型が自由を生む/比喩と型/古典から型を学ぶ/
      開かれた社会の論理構造/
      社会変化と進化論/自己防衛が理解を助ける/思考枠を感情が変える
  第三章 文科系学問は役に立つのか
      教育の弊害/授業の役割/師と弟子は別/
      教育の二つの任務/大学教員の実態/知識とは、変革する運動
      大学改革/競争が個性を殺す/普遍的価値というイデオロギー
      開かれた社会の意味/<正しい世界>と闘うために

第二部 学問と実存
  第四章 フランスへの道のり
      日本を離れるきっかけ/初めての海外/悪印象のフランス/アジアを歩く
      アルジェリアに飛び立つ/通訳とは名ばかり/ドストエフスキーと出会う
      通訳の思い出/偶然の不思議/新興宗教に入信/退路を断つ
  第五章 フランス大学事情
      留学事始め/社会科学高等研究院/一冊目の本/大学就職事情/
      幸運に助けられる/フランスの大学制度/学位の内情/茶番劇の学位審査
      縄張り根性
  第六章 何がしたいのか、何ができるのか、何をすべきか
      国際人と異邦人/四十代の不安と焦り/二流の人間/
      できる人は演じ、できない人は教えたがる/手品に夢中だった日々
      科学とマジックの共通点/教授にならなかった理由/なぜ書くか
  終章 異邦人のまなざし
      多数派の暴力/フランス人の結婚観/自分勝手と多様性/
      フランス人にとっての日本人/偽善/西洋人への劣等感/名誉白人

あとがき
現代書館版「あとがき」(二〇〇三年)

 現代書館版「あとがき」にもあるように、「私は学者になることを目指していない」ということであるが、現代の学者・研究者の置かれた状況を知るには参考になる点の少なくない、かもしれない。
 本書は、『異邦人のまなざし』の改訂ということであるが、改訂版という仕方での出版スタイルも、この著者の特徴かもしれない(わたくしと同じ世代の「研究者」としては。自伝もそうであるが)。おそらく、小坂井の重要な著作もと言える、『民族という虚構』も増補された形で文庫化(ちくま学術文庫)されており、これから読むのならば、文庫版がよいだろう。

社会心理学2

 前回に続き、小坂井さんの文献ですが、今回は、ずばり、社会心理学です。

小坂井敏晶
『社会心理学講義──〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉』
筑摩選書、2013年。

はじめに

序 社会心理学とは何か

第1部 社会心理学の認識論
 第1講 科学の考え方
 第2講 人格論の誤謬
 第3講 主体再考
 第4講 心理現象の社会性

第2部 社会システム維持のパラドクス
 第5講 心理学のジレンマ
 第6講 認知不協和理論の人間像
 第7講 認知不協和理論の射程
 第8講 自由と支配

第3部 変化の謎
 第9講 影響理論の歴史
 第10講 少数派の力
 第11講 変化の認識論

第4部 社会心理学と時間
 第12講 同一性と変化の矛盾
 第13講 日本の西洋化
 第14講 時間と社会

あとがき
引用文献

 小坂井さんらしい講義のようにも思いますが(問題意識がよくもわるくも一貫している)、パラドクスとか矛盾とか、ここで使うには、それ自体の議論が必要だろう。謎や不協和は良いとしても。

社会心理学1

 社会心理学は、宗教を含めた人間の社会的営みを論じうるで、重要な位置を占める学問分野である。この夏(8月)に書き上げた論文で参照した文献に、小坂井敏晶の著作が含まれていたが、小坂井さんは、現在パリ第8大学心理学部で、社会心理学を担当している。参照した文献以外にも、小坂井さんの文献のいくつかが手元にあるので、その紹介を行ってみたい。
 今回参照したのは、『責任という虚構』(東京大学出版会)であるが、内容的に、それと重なるテーマを扱っているのが、次の文献である。新書ということで、小坂井さんの議論を把握するには、適当かもしれない。

小坂井敏晶
『人が人を裁くということ』
岩波新書、2011年。

はじめに

第Ⅰ部 裁判員制度をめぐる誤解
   1 市民優越の原則
   2 裁判という政治行為
   3 評議の力学

第Ⅱ部 秩序維持装置の解剖学
   1 自白の心理学
   2 自白を引き出す技術
   3 記憶という物語
   4 有罪への自動運動

第Ⅲ部 原罪としての裁き
   1 自由意志と責任
   2 主体再考
   3 犯罪の正体
   4 善悪の基準

結論に代えて ── 〈正しい世界〉とは何か

あとがき
引用文献

 記憶、自由意志、責任、主体、これらは、近代以降のキリスト教思想におけるキーワードであり、これらが再考されるべきであるとの主張である。これらは、虚構という問題に行き着くことになる。こうした議論は、宗教学やキリスト教思想、現代哲学とも重なるものであるが、社会心理学のポイントは、心理学という科学を土台にしている点である。
 
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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