翻訳を哲学する

Frontier of Japanese Philosophy 9 を寄贈いただいました。本ブログでもしばしば取り上げている「翻訳」についての特集です。

Namzam Institute for Religion and Culture,
Philosopher la tranduction, sous la direction de Uehara MAYUKO,
Chisokudo Publications, 2016,

Preface (Uehara Mayuko)

・East Asian Philosophy and the Case against Perfect Translations
  (James W. Heisig)
・La tranduction est réponse mimétique
 (Mathias Obert)
・Chomin, Translator of Rousseau's Du contrat social: The Self-Cintradiction of the Nation-State
 (Kazashi Nobuo)
・Thinking through Traslation: Nishitani and Ueda on Words, Concepts, and Images
 (Raquel Bouso)
La philosophie de l'art de Valéry lue par Tanabe Hajime: Verbalisation er symbolisation selon la philosophie de la traduction
 (Uehara Mayuko)
・Les Japonais sont-ils humains?: Considérations sur la traduction et la transcendance chez Lévinas
 (Kimoto Mari)
・Traduire la modernité: Tranduction de la philosophie française à Taiwan dans les années 1990)
 (Huang Ya-Hsien)
・Qu'est que le kanbun kundoku ?: Une méthode japonaise originale de traduction de la langue chinese classique
 (Kotajima Yosuke)

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モーセの記憶

 記憶は、古代から多くの思想家が注目してきた問題であり、現代思想においても、さまざまな思索がなされてきている。キリスト教思想に関連する範囲でも、記憶は重要テーマである。そもそも、キリスト教という宗教は記憶と密接に関わって存立している。それは、聖書の登場人物をめぐって問題化することもあり、たとえば、モーセは、その出身地のエジプトとの関係で、エジプト人との説がしばしば取り上げられてきた。フロイトのモーセ論など典型であろう。
 この問題についての話題の書が、次のものである。

ヤン・アスマン
『エジプト人モーセ──ある記憶痕跡の解読』
藤原書店、2017年。

序言

第1章 記憶史とエジプト像
第2章 隠蔽された歴史、抑圧された思い出──モーセとアクエンアテン
第3章 律法の意味と起源──エジプト学者としてのジョン・スペンサー
第4章 真理と神秘──ウィリアム・ウォーバートン
第5章 名なき者と全一者
第6章 ジークムント・フロイト──抑圧されたものの回帰
第7章 モーセの区別の象徴と変容

原注
訳者解説
人名索引

 300頁を超える本文に詳細な注が付され、訳者解説も丁寧である。じっくり、読みたい本である。

新プラトン主義とキリスト教

 キリスト教思想は、その発端からさまざなな思想、哲学と結び付いて展開してきた。古代においては、特に問題になるのは、プラトンとプラトン主義の哲学系譜であり、これは、キリスト教からヘレニズムの初期ユダヤ教にまで遡るものである。したがって、キリスト教思想研究にとって、こうした問題連関は周辺的な事柄ではなく、注意を払って然るべき問題となる。その中に、位置づけられるのが、新プラトン主義であり、そのキリスト教思想に対する影響は深く大きなものがある。
 今回取り上げるのは、新プラトン主義研究の手引きと言えるものであるが、問題状況を知るには便利である。別件で、この文献を調べる必要が生じたために、入手したものであるが、本ブログでも紹介しておきたい。

水地宗明、山口義久、堀江聡編
『新プラトン主義を学ぶ人のために』
世界思想社、2014年。

第1章 新プラトン主義のアウトライン (水地宗明)
     展開α プラトン哲学の徹底と逸脱 (納富信留)
第2章 アンモニオス・サッカス (大内和正)
     展開β 古典サーンキヤの世界創造の構図 (齋藤直樹)
第3章 プロティノス
   第1節 生涯と著作 (水地宗明)
   第2節 一者 (水地宗明)
   第3節 知性原理 (山口義久)
   第4章 魂、物体 (田子多津子)
     展開γ 西田哲学 (板橋勇仁)
第4章 ポルフュリオス (山田道夫)
   展開δ ストア哲学 (近藤智彦)
第5章 イアンブリコス (堀江聡)
     展開ε アリストテレス註解と新プラトン主義 (中畑正志)
第6章 プロクロス (堀江聡、西村洋平)
     展開ζ アレクサンドリアのアンモニオス (水落健治)
第7章 ダマスキオス (國方栄二)
     展開η シンプリキオス (西村洋平)
     展開θ フィロポノス (中村公博)
第8章 中世
   第1章 アウグスティヌス
     A 新プラトン主義との出会い (松崎一平)
     B 新プラトン主義とキリスト教創造論 (河野一典)
     展開ι カッパドキア教父 (土橋茂樹)
   第2節 ディオニュシオス・アレオパギテース (熊田陽一郎)
     展開κ ビザンツ正教思想における新プラトン主義 (袴田玲)
     展開λ サン・ドニ修道院長シュジェールの美と光 (高野禎子)
     展開μ トマス・アクィナスとイデア論 (小浜善信)
   第3節  エックハルト──始原への探求 (山﨑達也)  
第9章 近世から現代まで
   第1節 ルネサンス (加藤守通)
     展開ν 近世のスペイン新被主義 (鶴岡賀雄)
     展開ξ フィヒテ、シェリング (伊藤功)
   第2節 ヘーゲルから現代へ──ヘーゲル『哲学史講義』新版 
         「新プラトン主義哲学」の章に即して  (山口誠一)
     展開ο レヴィナス、デリダ (小手川正二郎)

新プラトン主義関連略年表 (金澤修)
あとがき (山口義久) 

人名・著作名索引

技術と哲学、スティグレール3

 引き続き、スティグレールです。

ベルナール・スティグレール
『象徴の貧困1──ハイパーインダストリアル時代』
新評論、2006年。

日本の読者への序文
凡例
まえがき

第1章 象徴の貧困、情動のコントロール、そしてそれらがもたらす恥の感情について  
 感性と政治/消費時代における象徴的なもの──グローバルな象徴の貧困/情動のコントロールと戦争

第2章 あたかも「われわれ」が欠けているかのようにあるいは、武器をアラン・ルネの「みんなその歌を知っている」からいかに求めるか
 生きづらさと敬意/感性と治安の悪化/時間的な商品についての再確認/映画館にて/歌/「われわれ」/ある時代の雰囲気、そして家族/文法とサンプリング/腹話術師──猿真似やおうむ返しではないにせよ/「われわれ」に逆らって(寄り添って)/信仰、投影、無信仰/嫌悪を生むということ/パリを愛するということ/エピフィロジュネーズと第三次過去把持/奇跡と不安/カミーユと歴史/見かけ、嘘、フィクション/いいこと=悪いこと/『モワ・ノン・プリュ・・・Moi non plus...』/遮られた視界

第3章 ハイパーインダストリアル時代における個体化
 前置き/個の歪みとハイパーインダストリアル時代における個体化の衰退/個と機械/個体化と過去把持の装置──個体化をなす三つ巴の要素/選別としての個体化/西欧の個体化のごく大ざっぱな歴史 1.記号化/西欧の個体化のごく大ざっぱな歴史 2.個体化の能力の移動/生きづらさと破壊行為への移行──「みんな」によって歪められた個としての消費者/個体化の衰退から「使い捨て」へ/ネットワークにおける注意、把持、予持──ヴァンパイア化/前-個体的環境へのアクセスのモードの画一化と、特異性のカスタマイゼーション/計算が一般化した記号化のハイパーモダン段階/デシタルフェロモン/認知的から反応的に/圧倒的多数、一握りの少数/「われわれ」と「彼ら」

第4章 ティレシアスと時間の戦争、ベルトラン・ボネロの映画をめぐって
 シネマトグラフ/人を盲目にする像としての悪夢/本物の戦争の再来/観客が投影する装置としての映画とおのカタルシス機能/未来予持と欲動──受肉について/集団的第二次過去把持(=R2C)による未来予持的なキャッチ/望外のものとしての映画芸術──「期待する必要はない」、思いがけぬことが起きるのだから/時間の欠如と闘うこと、待ち望んだ予期せぬもの/ティレシアスと革命的な武器

あとがき
原註
訳者あとがき
事項索引/人名索引

 基本的にわかりやすい議論ではあるが、どうして、フランスならば、ボードリヤール(ハイパー・・・と言えば)、あるいはドイツならば、欠陥動物という議論では、ヘルダー、あるいは象徴ならばカッシーラーなどが、まったく出て来ないのだろうか。現代思想の大きく議論は、背後に回れば、参照すべき議論が、しかも精密なものが存在していることが少なくない。

技術と哲学、スティグレール2

 技術の問題をめぐるスティグレールの2冊目の紹介です。講演がもとになったもので、読みやすい印象です。スティグレールのいくつかの特徴的なアイディアのうち、その一つ(ナルシシズム、われとわれわれと虚構、資本主義)が集中的に示されています。

ベルナール・スティグレール
『愛するということ──「自分」を、そして「われわれ」を』
新評論、2007年。

日本の読者への序文
凡例

第1章 本源的ナルシズムの破壊
ナルシシズムと治安の問題/ナルシシズムの構造には歴史がある/ナルシシズム、消費、行為への移行/生成と未来/「私」と「われわれ」の連絡/取り入れのプロセスとわれわれが欲するもの/暦、地図、虚構/欲望と無限/「闘え!」消費の有限な合目的性と畜群の社会/「ファミリー」と崩壊/失望感/時間の破壊/時間的な商品/象徴の貧困をはびこらせる第二次過去把持の画一化/象徴面での参加が失われたことによる個体化の破壊そしてフランスにおける二〇〇二年四月二一日

第2章 心的かつ集団的個体化のプロセスの破壊と、「悪」について
 「みんな」──もう証人はいない/答唱──崇拝の対象/グローバル・オーディエンス/ナルシシズム、ディアクロニー、通約不可能性/嫌悪と不信/個体化の舞台と人間の記憶/「彼」の吸収/生成と未来の闘い──結びつけ、分離させ、創出し、みずからを例外化すること/悪の問題と傾向の思考/作業現場/個体化のプロセスにおける特異性/「われわれ」というものを可能にする媒体/環境/「われわれ」のチャンス/スリジイで討論すること、メタ安定性/Das Mann/瓦解──九月一一日、三月二六日、四月二一日/「ディア・ポリックなもの」、批評、創出、取り組んで闘うこと

原註
訳者あとがき
事項索引
人名索引
プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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