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本日のボンヘッファー

梅雨の季節、激しい雨が続きます。コロナに加え、大変な状況です。大学はオンライン授業が継続中ですが、前期授業はあと少しになりました。

マンフレート・ヴェーバー編
『信じつつ祈りつつ──ボンヘッファー短章 366日』
新教出版社、1997年。

「重々うは縛られた手を持ち、自由は創造的である。(DBW6 288)
(7月9日)

 今回のボンヘッファーの言葉は、7月1日からの一連の「従順と自由」に関わる言葉の中にあり、7月11日まで続きます(同じ文献の同じページからの引用です)。7月1日の言葉の出だしにyれば、「イエスは、神の御前に従順な者として、また自由な者として立ちたもう」とありますので、基本的にはキリストに関わる記述ですが、それが人間の在り方へと展開されている、と言えるでしょう。神、イエス・キリスト、人間という議論の枠組みは、神学的に典型的なものです。
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ルター研究

 ルター研究は、キリスト教研究にとって重要な位置を占めており、京都大学キリスト教学研究室から、少なからぬルター研究者が誕生し、重要な研究業績が生み出されてきた。わたくしも、こうした研究環境もあり、ルターには、大いに関心があり、講義などでも断片的にではあるが、ルターに言及してきた。ルター研究の進展という点で、ルターの主要文献の翻訳は、不可欠の事業であり、『ルター著作集』(聖文舎。第一集、第二集、第三集)の企画は、こうした役割を果たすものであったと思われる。
 しかし、この企画・第一集で出版されたものは、すでに刊行からかなりの年月が経過している。
 たとえば、最近入手した、第一集第六巻は、1963年の刊行である。

『ルター著作集』第一集第六巻
聖文舎、1963年。

 この巻には、1525年~26年の文書、農民戦争関連文献、ミサに関する文献(「ドイツ・ミサと礼拝順序」など)が所収されている。

 この翻訳は刊行から半世紀がすぎ、通常の書店では入手困難になっている(古書か図書館かで入手、利用することになる)。また、この『ルター著作集』は、かなり大きな企画であり、学生などが親しむためには、よりコンパクトなものが必要とも思われる。現在のキリスト教関連図書の出版状況を考えるとなかなか実現困難なことは言うまでもないことではあるが、良質のルター選集・著作集の刊行が期待される(大きな問題としては、翻訳スタッフを揃えられるかということかもしれない)。

本日のボンヘッファー

 今月2回目の、「本日のボンヘッファー」です。
 6月もあと数日、いよいよ7月、厳しい暑さの季節がやってきます。コロナ対応の中での夏、大変なことになりそうな、いやな予感します。無事を祈らずにはいられません。

マンフレート・ヴェーバー編
『信じつつ祈りつつ──ボンヘッファー短章 366日』
新教出版社、1997年。

「われわれが非常に軽々しく口にし、思わず口からもれる言葉は、われわれが他人を尊敬せず、自分を他人以上にあがめ、それゆえ、自分の生命を他人のそれより高く評価していることを明らかにする。」(DBW4 123f)
(6月26日)

 今回のボンヘッファーの言葉はきわめて明確であり、人間の状況、とりわけ、現代人の実態をよく表現している。もちろん、真に問われているのは、こうした現実認識を踏まえて、何を考え、いかなる実践を行うかである。「思わず口からもれる言葉」が溢れる現代日本では、ボンヘッファーの本日の言葉のその先が問題とされねばならないだろう。

ボンヘッファー研究より

 ボンヘッファーは、本ブログでも、「本日のボンヘッファー」など、しばしば取り上げられる、現代を代表する神学者であり、その思想や人物の概要については、多くの説明は必要ないかもしれません。しかし、ボンヘッファーは、本格的な研究を積み重ねるに値する神学者であり、その作業は、まだ始まったばかりと思います(ドイツ語の批判的校訂全集の刊行は完了しましたので、条件は整っています)。日本では、長い間、ボンヘッファー研究をリードしてきた世代の研究者が一線を退き、続く若手(?)の研究者のがんばりが期待されるところです。今回紹介するのは、これからのいっそうの活躍が期待される研究者による専門研究(博士学位論文が元になっている)であり、今後のボンヘッファー研究の方向を読み取ることができます。

岡野彩子
『ボンヘッファーの人間学』
大阪大学COデザインセンター、2020年。

要旨
凡例
はじめに

序章
第一章 限界・境界(Grenze)から見るボンヘッファーの人間学
 はじめに
 第一節 限界・境界とは何であるか
 第二節 限界からの人間の自己理解
 第三節 限界・境界を持つものとしての人間
 むすび

第二章 ボンヘッファーの人間学における良心論
 はじめに
 第一節 良心の語義的考察
 第二節 ボンヘッファーの良心概念の歴史的概観
 第三節 法と良心
 むすび

第三章 ボンヘッファーの〈成人した世界〉における人間学
 はじめに
 第一節 世俗化の議論とボンヘッファー
 第二節 ボンヘッファーの〈成人した世界〉
 第三節 ボンヘッファーの宗教批判
 第四節 ただ人間であること
 むすび

あとがき

  邦文文献(著者名の五十音順)
  欧文文献(著者名のアルファベット順)
 Ⅱ.ボンヘッファーの著作以外の参考文献
 Ⅰ.ボンヘッファーの著作文献
文献
Abstract

 節レベル以下を省略した以上の目次からは、わかりにくいと思われるが、この著作では、『行為と存在』(1931年)、『創造と堕落』(1933年)、『倫理』(1949年)が扱われており、北森神学との対論もなされている。
 「境界」に注目した人間の自己理解という点では、ティリッヒとの比較も、有益かもしれない。

現代宗教学の基本文献57

 「ユングとティリッヒ」というテーマは、さまざまな設定が可能です。ティリッヒだけでなく、現代神学というやや広めの問題領域とユングとの関連付けなどはその一例で、金戒の文献は、その典型です。この文献では、ティリッヒ以外に、バルト、ブルトマン、ゴーガルテンが取り上げられていますが、ティリッヒは、いわば締めくくりの位置におかれており、実際、ユングとの生産的な対論が実際に可能なのは、この神学者の顔ぶれではティリッヒ以外には存在しないでしょう。ちなみに、著者は、その後、ティリッヒ研究者として活躍する人物です。

Gert Hummel
Theologische Anthropologie und die Wirklichkeit der Psyche,
Zum Gespräch zwischen Theologie und analitischer Psychologie,

Wissenschaftliche Buchgesellschaft, 1972.

Vorwort als Problemzeige
1.Hauptteil: Gestaltungen theologischer Anthropologie der Gegenwart, ihre Strukturen und Grenzen

§1. Karl Barths theologische Anthroplogoie aus der Christologie
§2. Rudolf Bultmanns theologischeAnthropologie auf dem Grund der existenzialen Analyse des Daseins
§3. Friedrich Gogartens theologische Anthropologie des prinzipiellen Personalismus
§4. Paul Tillichs theologische Anthropologie angesichts der Korrelation von Offenbarung und Geschichte
§5. Leitnien und offene Fragen in der theologischen Anthropologie

2. Hauptteil: Theologische Anthropologie im Dialog mit der Analytischen Psychologie C. G. Jung
§6. Analytische Psychologie und die Notwendigkei einer komplementären Heumeneutik
§7. Die Wirklichkeit der Psyche und die Frage nach den Dimensionen und der Totalität des Menschen
§8. Das kollektive Unbewusste und die Frage nach der Bexiehung des Menschen zu Mitmensch und Welt
§9. Das Geschen der Individuation und die Frage nach der Geschichte des Menschseins
§10. Die Symbolik des Selbst und die Frage nach der imago Dei

Wichtige Abkürzung
Literaturverzeichnis
プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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