波多野の思想史研究(最終回)

「第十二章 ソフィスト」
 第十一章についてはすでに本ブログで扱っているので(10/7upの「波多野精一演習より、神義論など」で)、この第十二章で古代ギリシア宗教思想史は最後となる。本来は、ここからがいよいよおもしろくなるはずではあるが、残念ながら、ソフィストでこの思想史は最後となる。

 この波多野の文献については、京都大学キリスト教学専修の2012年度の前半の演習で扱ったことがすでに説明されていた思うが、演習は担当者がレジュメで内容を説明し、議論すべき論点や、より最近のギリシア思想研究と比較する形で進められた。このソフィストの章についても、担当者は納富信留のソフィスト論を参照しつつ発表を行ってくれた。
ソフィストについては、波多野以降、さまざまな研究がなされきたわけであり、波多野の弟子である田中美知太郎の研究や、今指摘した納富のものを挙げることができる。
・田中美知太郎『ソフィスト』講談社学術文庫、1976年(1941年)。
・納富信留『ソフィストとは誰か?』人文書院、2006年。

 三人のソフィスト論に共通するのは、通俗的なソフィスト理解(「古来の謬見」(144))をただすという問題意識に認められる。波多野の『西洋宗教思想史(希臘の巻)』1921年から、20年後の田中の研究、さらに50年後の納富の研究に至るまで、繰り返し「謬見」をただす必要があったということは、思想史研究の成果が十分に認知されるまでに必要な年月を意味しており、考えさせられる問題である。

 では、内容の紹介に移りたい。
0.波多野の問題意識
 ソフィストは「宗教思想の発展には、ほとんど何ら語るにたる貢献をなさなかった」(143)が、波多野は、ソクラテスとの対比・関わりという点で、「彼らを閑却し難き充分の理由を発見する」(143)と述べている。
(ソフィストとソクラテスとの問題状況の共有と思想の目指すところの相違。)
 波多野は、「詭弁や揚げ足取りを仕事とした軽薄不真面目な徒、学問や道徳の基礎の破壊を企てた危険人物」とする「古来の謬見」が、ブロート(George Grote)の名著(A History of Greece, 1869. http://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/metabook?id=grotegreece)によって一掃されたと指摘している。グロートは波多野がしばしば参照する研究者の一人である。
 波多野は、「自らソフィストと称しつつ希臘文化史上重要なる意義ある一事業を開始した」(144)人物であるプロタゴラスに注目する。

1.ソフィストはいかなる思想家か
・「ソフィストの事業」「ペルシア戦争以来」発展した国民の文化生活の新気運に応ずる「新しき教育」に存した(144)。
 「自由なる国家の自由なる市民」の「新しい教養」、「よき市民」=「市民としての能」「徳を備えた人」、それは、主としていわゆる「政治上の能力」、「弁論によって決した民主生活の特質に従って」「修辞能弁の術を意味した」。
 「青年の教育者」「実用的学芸の教授を業とする実際家」(145)、「純なる学問の研究に身を委ねる学者ではなかった」、また「一定の学説」「一定の主義」を説く哲学者の団体・学派とかでもなかった。
 もちろん、「共通なる思想の傾向」を確認することはできる。
「第一の関心」は「それの対他的価値、それが実際正確に役立つや否や」、「内容に無関心なる形式的学芸」(146)、「普遍的なる思想意見などを期待する如きはほとんど愚の極」、「内容の価値その真理性如何よりも、人を説き伏せること従って巧みに美しく有効に論ずること、に全力を注ぐ」

理想主義ではなく、「普遍妥当的なる価値を否定する相対主義」を前提とするもの(147)

2.二個のかなり広く見られる「誤解」に対して。
 彼らの相対主義を学問的真理に対する絶望の声と解する/懐疑主義よりして学問的認識に対して破壊的態度をとり、弁論の相手を屈服される争論術(147)を発明教授した
   ↓
 「彼らの気分は悲観的よりもむしろ楽観的、彼らの態度は否定的退嬰的よりはむしろ肯定的進取的」(148)
 争論術は「実はソクラテス門下に発生」「プロタゴラスではなくむしろソクラテスこそ、この意味において「詭弁」の源」「ソクラテス自らは破壊的問答法を相手の道徳的意識の覚醒の手段に用いたが、彼の門下」は「破壊という意義をそれに付加」した(148)。
「ソフィストの術が己の説を貫かんとする積極的な意義を有していたに反して、ソクラテス門下の争論術は他人の説の破壊を目的とする消極的の術であった」「キニク派乃至メガラ派の学徒」(149)
 ソフィストの著作が断片を除いて失われたことによって(149)、彼らの説・思想に対して正確な判断を行うことは困難である。
「古代においては」「他人の文章を、前後の関係に全く無頓着に、場合によっては原著者の趣意に反する意味に、引用又は解釈するはありがち」、「最大の責任を負うべきものは実はプラトン」(150)
(キリスト教古代の異端思想の正確な理解が困難な理由も同じ。このことをここで波多野は意識していただろうか。)
「後の著書において彼がソフィストと呼んだ人々は実は歴史的のソフィストではなく、又彼がソフィストの説として攻撃したものは実は彼と同時代の人々、殊にソクラテス門下の懐疑論者たちの説であった」、「彼らを国家的社会的生活の基礎を破壊する極端なる個人主義の主唱者となす、普通の見解が誤解と認むべきことである」、ゴルギアス、カリクレス(151)
 「不定や破壊」はソフィストと言われた実際家にとって「あまりにも偏屈なあまりに囚われ過ぎた、同時にあまりにまじめなあまりにも冒険的な事柄」、「最も安全な道は、主義や思想の問題を提出するを要せぬ境地に逃れ入ること、従って外的に与えられたる何らかの権威に問わずして従うことであろう」、「相対主義者が実際問題に移ると共に、他律主義の態度に出で、法律習俗伝承身命本能そのほかの外的権威の承認に甘んじたこと」(152)
(相対主義と他律主義との関わり、なるほど。)
 カリクレスはソフィストの一人ではなく、「彼らをやくざ者と軽蔑した一政治家であった」(152)、トラシュマコスは「ソフィストであったが」、プラトンの著作からこの名のソフィストの主張を知ろうとするのは「全く徒労」、「彼が国家に関する一定の思想を主張乃至宣伝したるはすこぶる疑わしい」
 ソフィストの倫理及び教訓として保存されたものも、「内容的には、道徳や社会生活の基礎を覆すが如き危険思想は言うまでもなく、斬新と呼びうるものにさえ出会わないのである」(153)、「彼らの教訓のあまりに穏健であり、時としてあまりにも平分であるに驚かされる」。 
 
3.ゴルギアスたち
・普通の伝統的な哲学史的解釈。
ゴルギアス:極端なる懐疑論、一切の「ある」を否定する虚無主義を主張した。確かに、「三箇条の奇論をはいたのは事実と認むべきであろう」、「エレアはの思想家たち」に対する依存関係、と同時に「一種の対抗的態度を示す」(155)。エレア派の議論を更に極端まで追求(155)。
・ヴィンデルバントの慧眼。「ゴルギアスはまじめなる所信としてかの議論を述べたかは甚だ疑わしい」、「同じ乃至近き時代の思想界には、ゴルギアスの論が何らの反響をも呼び起こさなかったという事実は、特に雄弁に反対の真理を語るものではなかろうか」(156)
(波多野の文献学的なテキスト評価は、厳密あるいは厳しい。批判的懐疑的にテキストを吟味している。これは近代聖書学的なテキストへの態度に通じないか?)
  ↓
「それがまじめな哲学的議論ではなかったことの有力な証拠ではなかろうか」
「婦田とんとアリストテレスとの知っていたゴルギアスは能弁術の大家、ギリシアの散文に深き影響を及ぼした卓れた美文家の彼であった」(157)。
「奇論を吐き得たことは、彼の術の最大成功として彼に無情の満足を与えたのではあるかいか。もしこの解釈が正しいならば、この作も」「一個の劇作」に過ぎなかったのである。
ヒビアス、プロディコス。ソフィストたちは「実用を主眼とした教育家」「理論的諸学芸においては真理を求むる誠意を欠き、実際問題に関しても独立乃至独創の意見や所見を吐露する熱心を示さなかった」(158)。
   ↓
「ただひとりの例外はプロタゴラス」(158)

4.プロタゴラス
・「アレテイア」と名づけられた書(158)の冒頭の有名な一句。
「人こそ万事の標準なれ」(159)
・第一の問題:この人は「種族的(普遍的)に解すべきか、個体的に解すべきか」
   ↓
「テアイテトス」などやアリストテレスの論術から
「それが超個体的普遍妥当的真理を否定し、あらゆる表象あらゆる判断は真という点においては価値を等しくするを教えたものであることは疑いない」(159)
・第二の問題:「プロタゴラスはいかなる論拠に彼の相対主義を基礎づけたか」
多くの学者は「プロタゴラスの説を感覚主義の認識論と解する」、「認識の唯一の源は感官的知覚である。知覚は畢竟運動に過ぎない。・・・両者はともに瞬間的状態に過ぎぬ。それ故すべての人すべての時を通じての真理はあり得ない」(160)
 波多野はこの解釈を否定する。プラトンは、「この説がプロタゴラス自身のではないことを暗示した」(160)。「これがプロタゴラス自身の説でない、という意味を裏面に含んでいる」、プラトンが排斥しようとした感覚主義の必然的帰結が、「普遍妥当的認識を否定する相対主義であることを示さんがために、それをプロタゴラスの説の如く装ったにほかならないのである」(161)。
(こうした波多野の解釈は現在の研究ではどのように評価されるだろうか。)

では、「プロタゴラスの人間標準論はいかなる意味に解すべきか」(161)
「われわれの各こそ有るか有らぬかの標準である」、人は「各思う所を異にすることを承認する」、「一切が等しく真というべきである」。しかし、「知に関して何の差別も無いであろうか」、「否。各人の思うところ、従って有る所ものに、真偽の別はないが、善悪の別はある」、「善き考は善き心の状態より発し悪しき考は悪しき状態より発する」、「心に関して同一事を成就するは教育の外にない」、「この教育の任に当たるものこそソフィスト即ち知者である。医師が薬剤を用いる如く、ソフィストは言葉(logoi)を用いる」。

「かの人間標準説」は「ソフィストの活動の主眼であった教育事業、殊にそれにおいて中心的位置を占めた能弁術と深き内的関係に立った」(162)
「いかなる人も己の思う所を言い表す権利を有するならば、それは等しく真でなければならぬ」、「各人の判断そのものが真理の終極の標準であり、主観の作用より独立なる客観的普遍妥当的真理はあり得ない」。「人を説得する力を有することが、何よりも肝要になる」(163)。
・「判断に善と悪との価値を差別を認めることによって」、ソフィストは「徳を教授しよき市民を養成するをわが特権」「職業となし得る」、「よき人は精神的に健全なる、心の常態を保った人」、「かかる人にふさわしい其の心の状態を現す判断こそ」「常識判断こそ善き判断と考えたらしい」(163)。
・波多野はこのプロタゴラスの論に不徹底さを指摘する。すべての判断の主観性を主張しながら、善悪の価値判断の客観的妥当性を承認することができるかについて(163)、プロタゴラスは明らかには意識せず、意義明白なる解決を下さなかった(164)。
    ↓
「実践問題に関する態度が他律主義無確信主義常識主義に傾いた」、「相対主義と他律主義とを不明瞭ながらも合わせ説いた点」(164)

5.ソフィストの宗教への態度
・多くの史料を有しない。彼らは宗教には冷淡であって、宗教的儀礼に対しては、「敬意を表するという常識的態度を取ったであろうとは、当然期待しうる」(164)
リクティアスの如きは「宗教を、賢明なる政治家の作り出した方便と説いた」。「近世の啓蒙時代」において唱えられた宗教論、「ただ相対主義者たる彼らが正面より自身の所信として宗教反対説を主張したとは考えがたい」(165)
・プロタゴラス、後人の記憶として宗教に関係ある断片(神の存在についての不可知論)が伝わっているが(165)、この句に関する判断は断念せなばならない。しかし、不可知論と否定とは決して同一でないことを思えば、「それは彼の相対主義と必ずしも相容れぬものではない」
 「古の人はすべて有益なるものを有益の故に、神と考えた」という説についても、信頼に値する史料を有しない(166)。

6.まとめ
 ソフィスト(相対主義、理想的価値への冷淡な態度)より、宗教に関して特色ある所信を聞き得ぬのは当然。しかし、彼らは社会の秩序の破壊者、人生に意義と価値を与えるもの、道徳や宗教の否定者と見なす「普通の見解は斥けねばならぬ」。「彼らはむしろ否定や反抗をなすだけの勇気と関心とを欠いたのである。彼らの精神は否定ではなく無関心に存した」
  ↓
「無確信」「無自覚的生活」「理想に対する冷淡」。これらソフィストが代表し思想の形に言い表した「時代の病い」。これを癒やし、国民を精神的堕落より救わんがために現れたのが、「ソクラテス」であった。

 詩人から哲学者へという時代状況はソフィストも共有していたが、ソクラテスの理想主義が時代の問いの真に答える道であった、これが波多野の確信と思われる。波多野の立場は、基本的には思想主義また批判主義であるが、それは実在論という形を取るための思索が始まった。それは、古代の宗教思想史をそれ自体として論究することを中断することを要求するものとなった、ということであろうか。
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波多野の思想史研究(12)

「第十章 アテナイの文化」

 古代ギリシアの宗教思想は、神話時代からミレトスの自然哲学へ、そしていよいよアテナイへ展開する。おそらく波多野は、これまで論じてきた諸思想の中で準備された宗教思想が開花するアテナイの哲学思想へと考察を進め、プラトン、アリストテレスを中心に本格的な議論を展開する構想を練っていたものと思われる(その内容については、著作の形で残されておらず、われわれは残念ながらそれを知ることはできない)。これが、「アテナイの文化」について、短いながらも、一つの章をさいた理由であろう。
 議論の中心は、アテナイ文化における新しい哲学の展開、その歴史的背景、そして詩人から哲学への移行である。

1.新しい哲学の展開
 先行する時代の哲学が「人生問題に対して比較的冷淡無関心であった」(113)のに対して、アテナイは、まず政治次いで一般文化においてギリシアの中心となり、哲学の文化的政治的位置における一大変革が行われた。波多野は次の2点を指摘する。
・「人生問題」が哲学的考察の対象となった。人事に関する論究が、自然哲学の問題と同等の地位を獲得する。
・精神的文化的生活一般における哲学のしめる位置が動いた。(114)
 「今や哲学者たちは、人生の意義と目的を解明し、理想を建設し、価値を創造するを、わが任務として自覚するに至り」、「国民の精神的教導者であるという特権は詩人たちよりして彼らの手に移った」(114)=「哲学のこの新意義」、「純然たるアテナイの特産物」
「哲学を天より地に」もらたしたのは「ソクラテス」(114)
(波多野は、この点では、プラトンやアリストテレス以上にソクラテスの意義を強調する。)

2.歴史的背景
・ペルシア戦争で全ヘラスの自由を救ったアテナイ→ギリシアの中心としてのアテナイ

「歴史に類い希なる、多面的なる、豊富なる、充実したる、その文化を産出した」、「一市民の教養さえ今日においてもとうてい望みがたきほどの高さ」
「ペリクレス」がアテナイを「ヘラスの教育場と呼んだこと」
・「この文化を支え活かし統一したものは国家の観念」
個人の自由なる多方面の活動は「大体において国家においてのもの」「国家のためのもの」「公的生活を離れた私的生活の価値は原則として認められなかった」(115)
(公共性=政治、私的経済からの区別という図式は、その後の世代、たとえばアーレントが強調するポイント。波多野はそれを支えた奴隷制についてどのように考えたのであろうか。)
パンテノンを飾った芸術作品も三大詩人の傑作も「国家的産物」
・「父祖伝来の宗教」(116)の尊重。当時のアテナイの不朽の芸術的作品は「神への献げ物」(115)
教養的な市民は同時に「敬神の念厚き市民」(116)

3.詩人から哲学へ
・個人の自覚と反省が一層強く鮮やかになる。
   ↓
・この尊敬に堪えない文化状態の破綻、伝承的宗教の地盤に築かれた凡ての文化とその地盤の動揺。
「宗教問題の議論はついに父祖伝来の宗教の無能力の証明となり、延いて国民の精神的指導者の失脚となり、かくて詩人の時代は去って哲学者の時代は来たった。」(116)
(この命題は波多野の中心的主張であるが、では詩人の営みとしての文学はいかなる文化的位置へと移行することになったのか。知者としての哲学者の登場は、ペルシア帝国に関わった広範な地域に見られる動向と言えないか。ヘブライとの平行関係は?)

波多野の思想史研究(11)

「第九章 パルメニデスよりアナクサゴラスまで」

 前回のヘラクレイトスと対比されるのが、今回のパルメニデス。もちろん、波多野はパルメニデスにも一定の議論を行っているが、ヘラクレイトスと比べれば、議論はやや限定的であり、むしろ本章では、アナクサゴラスへの論究が特徴的とも言える。

1.時代状況、近代との類比・比較
・パルメニデス以後の初期即ちヘレニズム次第の哲学者、「第六世紀の終より第五世紀の後半までの間に現れた思想家たち」は、以前の人々に比べて、「宗教思想との関係一層疎である」(100)。宗教家としても活動したエンペドクレスにおいても、「彼のこの方面の事業と彼の哲学との間には何らの思想的必然的連絡もなかった」、「諸活動は単に人格的統一、同一の精神、によって結合されたに過ぎなかったのである」(101)。
(これはどのように解すべきか。人格的統合とはいかに論じるべきか)
・波多野はエンペドクレスとベーコンとを比較している。「万能の知識の所有者という自覚」に基づく「強き自信乃至自負」。「抒情詩の勃興にはじまった新しい時代が、いかに近世のルネッサンス時代と共通の特徴を有するか」。「エンペドクレスの如きも新しく文化の勃興に際して現れがちになる奇人たちの一人」、パラケルススやファウストの精神的縁者。
(思想史は時代状況との関連でいかに論じるべきか。思想史自体の問題の再検討が必要になる。波多野は、自らの時代をこの新しき時代にどれほど重ねているのか。)
 「間接に宗教思想の歴史に浅からぬ関係を保ったのはパルメニデスとアナクサゴラス」(102)

2.パルメニデス、ヘラクレイトスとの対比
・「成」のみを認め「有」を退けたヘラクレイトスに対して、「成」を否定しつつ「有」を主張したパルメニデスという「通常」の見解。この解釈は、ヘラクレイトス理解について、「事実を忠実に伝えたものとは見なしがたい」(102)。ヘラクレイトスも、永遠に「ある」ものを認め、調和と一者を説いた。
「両者の相違は」「単に一者を認めるか、あるいは一者に合わせて生成変化をも認めるか」「実体とともに現象をも認めるか、に存した」(102-103)。
・ヘラクレイトスの「反対するものの合一」という根本原理に対して、「パルメニデスはこの点においてヘラクレイトスと相別れ」。「非凡なる飽くまでも論理的帰結を追求して止まぬ彼の思索の力」

3.パルメニデスの思想内容
・根本原理:「思惟されるものと存在するものとは同一であるという思想」。「思惟には対象がなければならず。それは存在者(to eon)以外には」ない。したがって、「存在者」のみ存在し「」非存在」は存在せず。(103)
すべての含意及び帰結を導き出した。
「存在者は生ずることも滅ぶることもなく」「始も終も過去も未来もなく」「永遠の「今」において常住する」、「少しの非存在者も容れず又交えず」、「充実したる純一者には何らの欠乏もあり得ない」、「無限は欠乏を意味する」「存在者は限界を有せねばならぬ」、ふさわしき形は「球」(104)
  ↓
「純粋の思惟によって認識されるこの純一なる存在者のみ、真にあるもの」、感覚的な「多と差別と運動と変化とのある世界は」「迷誤」。
・哲学書の後半で、光明と暗黒との相対立する二個の実在より、「世界の万象の説明を試みた」。「仮に自ら俗見の立場に身を置いて考え出した仮説的の自然哲学とみるべきか」(104)、しかし、「純一なる存在者以外のものを全全否定し去った」ことは疑いない。
・宗教思想としては、「永遠なる存在者という概念を明瞭に言い表した点において」、後お宗教形而上学、神に関する思索に大きな影響を及ぼした。また、「凡ての差別と変化とを大胆に否定する無世界論」に陥ってまでも、「純一なる実体という思想」を徹底的に貫徹したのは、「神の観念の哲学的議論」に対して「模範的意義」を有する(105)。
・無世界論。「ミレトス派の一元論実体の思想の論理的帰結」、しかし、世界を説明することを断念するのでないとすれば、「実体概念の内容はかかる説明を可能ならしめるように改修されねばならぬ」、この任務を成し遂げるのは、「パルメニデスに続いて現れた、エンペドクレス、アナクサゴラス、及び元子論者である」(105)。

4.問題:  
1)パルメニデスの存在者:生成しない性質的に変化しない、永遠の実体
2)経験的現実の最も著しき特徴は「多」と「生」

・多数の実体性は承認されねばならない
 /生は実体の内的性質とは比較的没交渉なる、「場所の変化即ち運動の形において、肯  定せねばならぬ
性質なるものは分量なるものに還元されねばならぬ。
  ↓
・近世自然科学の基礎的思想がすでに明瞭に肯定されている。
 (機械論的世界観!)
 
5.自然哲学の展開と宗教的意味
・パルメニデス

・エンペドクレス
互いに性質を異にする四個の実体、元素
混合と分離(106)、無際限なる性質的差別を分量的差別に還元。

・アナクサゴラス
元素は数限りない。性質的変化は元素の混合と分離に還元。
変化は多種多様、凡てのものは凡てのものに変じうる。一切の事物は等しくみな無数なる元素の混合。すべての変化は運動、凡ての差別は分量上のそれ。エンペドクレスの徹底化。

・元子論者たち(107)
・「これまで論じ来たった思想家たちの哲学的世界観は元来宗教とは全然牧交渉」、「一種の形而上学説」「唯物論」。
しかし、「宗教には超越的傾向が欠くべからざる本質的特徴」であり、「現実的世界を絶対化するかくの如き世界観は、宗教の破滅を意味せぬを得ない」(108)
(波多野は唯物論と宗教との関わりを原理的論理的対立と理解していたのか。元来没交渉というラインは生かしうるか)

6.エンペドクレスとアナクサゴラスの宗教的意義
・元素の運動には、「力の存在」が必要。
・エンペドクレス:運動の原因としての愛と憎、「それらに神性を与えている」、しかし「詩的神話的人格化以上多くを意味しなかったらしい」
・アナクサゴラス:運動の原因としての「ヌウス(nous)」を説いた(109)。
天体の運動は「ヌウスが与えた渦状の原始的運動の継続」「混沌なるカオスより差別と運動と又差別と運動とを又秩序とあるコスモスを発生するのは」「ヌウスの作用」(110)

「ヌウス」:「一切の事物を知る」「支配」。「無上の力と完全なる知識」「全知全能」
したがって、「独立なる、己のみによる存在を保たねばならぬ」(110)
(自存性!)
しかし、「一切事物のうち最も細微なるもの又最も最も純粋なるもの」、アナクサゴラスは「非物質的なるものとは考えなかった」、「むしろ物的存在者であることは疑いもない」(111)
  ↓
「精神(ヌウス)が通常物体と呼ばれるものとは明確に区別せられること、物体とは全く異なる性質と作用とを有すること」、「世界と其の運動及び秩序とより出発し、それらのものの原因として、全知全能なる精神的存在者を説いた」、「独立自存、純粋、限なき知及び力」などは「経験的世界を超越しそれと根本的に性質を異にする一層高き実在の定率を指示する」(111)           

7.再度近世との比較
・近世の理神論風の宗教哲学、「ニュートンや批判前時代のカントなどの信じた神は、根底においては、アナクサゴラスのヌウスにほかならなかったのである。アナクサゴラスは理神教的神論の父で或といっても決して過言ではない」
・現実的世界の説明を要求する理論的意識の産物。
 ヌウスを説きながら、「その働きを単に世界の始めにのみ限り、従って世界をない得る限りその内在的法則によって説明」しようとしたアナクサゴラスの態度は、「プラトンとアリストテレスが彼の重大なる欠点として指摘したところのもの」であるが、「理論的見地からは」、「むしろ長所として承認すべきであろう」(112)。
(アナクサゴラスとプラトン・アリストテレスの関係は、理神論とカント批判哲学の関係に対応するものと言えるか。)

波多野の思想史研究(10)

「第八章 ヘラクレイトス Herskleitos」
 古代ギリシア哲学史において必ず取り上げられる思想家の一人である、ヘラクレイトスが今回の対象であり、波多野はかなりに分量をさいて、ヘラクレイトスを論じている。波多野はヘラクレイトスの思想を重視し、踏み込んだ解釈を行っている。

1.時代と人物
 クセノファネス、ピュタゴラスよりは幾分後の人。紀元前第五世紀初頭。「譬喩に富んだ謎めいた連絡に乏しい短句を連ねたもの」、「民主主義を心から嫌った」、「多数派を軽蔑したに止まらなかった」(83)
「紀元前第六世紀の前後は、政治的にも釈迦的にも宗教的にも最も同様の激しかった時、偉大なる個人たちは相次いでこの時に出現した」、「先覚者指導者としてのわが使命と責任」、クセノファネス、ピュタゴラス、ピンダロス、アイスキュロス。「霊感に動かされたる、自覚の強烈なる、個性の鮮やかなる、代表的人物」、「凡ゆる人間を眼下に見下すが如き態度」、「前人の未だ想い到らなかった新しい真理の発見を自覚自信した」(84)、「独創を誇ったが」「イオニアの新興の学問より学び」「ミレトス派に最も接近した点」
「三つの部分又は方面」、「原的物質の説」「万物流動の説」「ロゴスの説」(85)
(中心はロゴス説。これがこの章のポイント)

2.思想
1)万物の生成変化と永遠なる物質
実体としての「火」、絶えず生成変化する万物の本質に適する。火の永遠性(85)
「万物と人の間」の「絶え間なき交換」(86)
火から万物へ、万物は火に帰る。第一・下り道、第二・上り道
ミレトス派の根本思想と一致する
「永遠の活くる火」「万物は絶えず運動し絶えず変化する」
「「一切は流れる」」「という句が彼自身より出たかは疑問であるが」、プラトン、アリストテレスの説(86)
「万物流転の説」(86)が、「ヘラクレイトスによって明瞭かつ力強く説かれたことを、彼の功績と認めるに躊躇しない」、しかし、「これは特に彼において斬新と認むべきものには属しなかった」(87)
  ↓
2)中心思想としてのロゴス説
「「ロゴスは永遠に存在す」「一切はこのロゴスに従って生ず」」(87)
「ロゴス」「第一に、万物を支配する永遠の法則である」「普遍的であり又必然的である」(88)、「万物に共通なるもの」、「語」、「人間の法」を養う「神の法」、運命、必然。
絶えず動いて止まぬ万物に対して「動かぬもの変わらぬもの」「普遍妥当的真理」、「かかる法則こそ「ロゴス」」(89)
・「万物が互いに相反し互いに相争うのを見た」「争闘」、「世界の存在は差別を要求し、差別は、互いに相容れぬものどもの関係として、反対を意味する」。
もしこのことがなかったならば、「一切に無差別の一者に没入し、差別も流動も無きに至るであろう」。「火と他の諸物質」と両者を結び付ける「上り道と下り道」の並存或いは対立によって、「世界は寂滅を免れ居る」、争闘・戦いは「「万物の父なり、万物の王なり」「万物は争いによって(kat erin)生ず」」(90)

「「争いこそ正義なれ」」、「物界のみならず人生においてかかる反対かかる戦争の支配を見た」
   ↓
しかし、「世界の存在と生命とを可能」にする以上は、「それらは根本において一でなければならぬ」「上り道と下り道とは畢竟同一」「同一者の別名」「始と終との一致する円周」(91)、「「隠れたる調和」」「「一切は一なる」「を承認する者こそ知者なれ」」
(知者! 知恵思想)
・「一元論はすでにミレトスの思想家たちの主張した所」、しかし「多と差別とを否定するは」「世界を無とするに等しい」、「具体的の生に対する興味深く直観と想像との力強かったヘラクレイトスの特になしえなかった所」(92)、「徹頭徹尾反対、争闘と感知しながら、しかも真なるものとして肯定した」、「動は静を多は一を要求し、前者は後者においてはじめて己の存立の制約と根拠とを発見するを見た」、「争闘は正義」。

このことはいかにして可能か。
 「論理的困難なく、思惟の法則を愚弄する恐れなく、考え得るか」
(つまり、矛盾律を犯すことなく)
「霊感にさそわれたる預言者の感激と無邪気をもって」「天才にふさわしき徹底したる洞察をもって」「感得するがままの真理を真理として」宣言した(93)。
・アレクサンドリアのフィロン、間接の証人(93)
・世界法則としてのロゴスにとどまらず、「ロゴスを火と同一視した」「火こそロゴス」、「ミレトス派の自然哲学の惰力」(94)
元来、「法則又は真理を意味するロゴスは」「精神的実在」(94)、「一切を支配し指揮するロゴスを理性」「一にして唯一なる知恵」などと呼んだ、「永遠なる世界的の知恵を認識する一事にこそ人間の知恵は存する」(95)

3)宗教思想との関わり
・ロゴスを「神」と呼んだ(95)
「永遠の法則」「隠れたる調和」において最も深き本質を実現する「叡智」、「かくの如き神は自体において経験を超越するものでなければならぬ」(95)
神の超越性
「「神においては一切は美しく、又正し・ただ人は或ものを正しとなし他を正しからずとなすのみ」」、「世界におけるすべての差別及び反対」「を通じて、ついに、善悪のかなたなる絶対的価値、超善的善者、あらゆる存在あらゆる価値の根源なる至高至善なる理想的実在、の確信に登り着いた」(96)
・ヘラクレイトスの人世観は世界観神観と密接に関連している。
知恵は人間においても最高の徳、「哲学者を意味するphilosophos(愛知者)の語はヘラクレイトスがはじめて用いたものらしい」、普遍妥当的なものに服従することが、知を愛する者の義務。
 ↓
「共通なるものを認識する知恵は決して多数に通ずる所謂常識ではあり得ない」、「多数の民衆は」「真に共通なもの」「真に普遍妥当的なるものを知らず」「それに従わず、却って各独自の識見あるかの如く振る舞う」(97)

「世論に立脚する民主政治に対して心からの憎悪を傾けた貴族主義」「強烈なる自信」「厭世的気分」も、「ヘラクレイトスの超越的傾向よりはじめて、しかも全く、了解し得られる」、「彼の哲学は彼にとって世界の隠れたる秘義の啓示を意味したのである」(98)
(波多野自身は民主主義についていかなる見解を有していたのであろうか。ヘラクレイトスへの共感は?)

3.まとめ
・自然哲学者に数えられる。しかし中心はロゴスの観念。永遠の真理こそがヘラクレイトスの哲学の精神、生命(98)
「包括的普遍的体系としての哲学の理想は彼においてはじめて曙光を示したというべきであろう」(99)
・宗教思想の歴史より。
 神を理想的精神的実在と認めた、超越性と内在性との両思想要素を結合させる努力
汎神論の特色、一者即一切者の思想
 現実の肯定

プラトン及びプロティノスの思念なる思想の萌芽
一者の超越性(99)
・ロゴス説の影響
 プラトンのイデア論
 ストア派、ヘラクレイトスの再生
  ↓
 フィロンを経て、キリスト教神学へ、「この宗教と希臘思想との結合に際すしる最も強力なる楔を提供した」(100)

波多野の思想史研究(9)

「第七章 ピュタゴラス及びピュタゴラスの徒」

 今回は古代ギリシア宗教思想でも最も興味深いテーマの一つである、ピュタゴラス教団・学派が取り上げられる。この教団の実態・思想内容を分析する上では、文献的な制約困難が存在するが、波多野は、一方ではオルフィック教との関わり、他方ではプラトンとの関連を念頭において、議論を行っている。ここにも、神話から哲学へという展開の一つのポイントが存在する。


1.ピュタゴラスとピュタゴラス教団について
・Pythanoras, 570年頃~500年頃。サモスの人、南イタリアのクロトンに移住、そこに宗教的団体を設立。一時、クロトンを支配するほどの勢い、しかし反対党の陰謀によってほとんど全滅し、生き残った僅かな教徒がギリシアの諸地方に離散(74)。
・ピュタゴラスは音楽と数学を重んじる。学問的傾向。前4世紀においては宗教的傾向を圧倒。学者乃至哲学者の一派としては、プラトンのアカデメイアの勃興とともにそれに吸収、宗教団体としては、紀元前1世紀に再び新たな活動をはじめた(75)。

2.オルフィク教との対比から
・其の崇めた神がアポロンであったにもかかわらず、「真髄において特質においてオルフィク教徒のそれに類似した」、「オルフィク派の教説より、宗教生活に直接関係のある部分を残し神話的宇宙論を引き去ったものと、主要な点において全く一致した」(75)。霊魂の本質と運命とを明らかにして救済の道を示す。
・霊魂と輪廻:元来不死なる神的実在、いずれの霊魂もいかなる身体にも宿りうる(75)。死によって身体より分離浄められた後、上界へ帰る。再び身体を求め、幾度も生まれ変わる。輪廻。「この輪廻の苦しみに対して救いの道を授けるのがピュタゴラスの宗教運動の目的」「浄めの儀式」「ピュタゴラス的生活法」(76)
・「音楽と学問」「数学」という「精神的教養を尊重し奨励した傾向と」「オルフィク教と共通なる比較的原始的なる宗教的思想及び活動との間には、いかなる関係が存在したか」(76)

「種々の事実を綜合した考えれば」「ピュタゴラスは音楽と学問とを霊魂の浄え」「の手段と見なしたと解するのが最も当を得たものであろう」、「一種の伝染的精神病」、「魂を浄める手段として音楽を見るということはギリシアにおいてはこの宗教療法に源を発したらしい」(77)
・「共通の諸要素に関しては、前者が与えた者後者が受けた者であったという結論」、「ピュタゴラスは、オルフィク教において特色ある一宗教団体としての組織を見た当時の新しき参加し、文化意識の要求を充たすことによって、重要な点において、それを深め又高めたのである」(78)
・「学問を人生の価値ある内容として尊重すること」「自覚された主義としてのこの態度」、「ピュタゴラスにおいてはじめて見る」、「プラトンの先駆」、しかし「ピュタゴラス及び其の徒においては、なお甚だ不完全なる初歩的なる試み」(78)、「数学の基礎の上に建設された彼らの哲学的世界観と、オルフィク教より受け継いだ宗教思想とはついに何らの内容的連絡をも遂げ得なかった」(78-79)、「相並び存した」(79)

3.思想内容
大体において根本思想はすでにピュタゴラス自身に属した。
・「哲学の根本原理」「万物は数なり」。
「音の高低に応じて弦の長さが一定の数の比例に言い表しうる関係に立つことを、認識した最初の人」(79)
・「アリストテレスに従えば」「ピュタゴラス学徒が万物の数に対する関係を「象る」」「「真似る」」「などの語にて言い表したこと」
「法則としての意義は万物は数であるとの説に含まれる」、「数に従う事物の合法性の観察」、「ミレトス派の提出した「万物の本質は何ぞ」の問いは、ピュタゴラス学徒いおいて「数」という答えを得たと解すべきである」(80)
・「数を奇数的と偶数的との両要素より成るものと考え、更にこれらを有限者」「と無限者」「との二と同一視し、前者を完全なるもの後者を不完全なるものと評価し」「相反対するこれら両者よりして万物を導き出し説明しようと試みた」(80-81)。
「反対の原理の合一としての世界は根底において調和であること」
・「初期のピュタゴラス学徒」「無限者は空虚」「無際限に広がる物質殊に空気」、「この「無限者」が何らかの仕方によって「限界」によって限定されることによってひとつひとつの数え得べき点が生じ、かかる不連続なる実体の集合によって世界は成り立つ」、「かくの如きが」「ピュタゴラス派の宇宙論の最も原始的な形」(81)
・「数の如き形式的思想的なるものを、感覚的物質的なる万物の実体、一種の原的物質と見なした」、「数は空虚に由りて隔てられたる物的なる点の集合」、「アリストテレスは、彼らの「一」は大きさを有するもの」「と解した」(81)、「古代の表記法」「形無きものの「ある」を知るに困難を感じた時代の産物としては決して怪しむに足らない」、「万物の根源として完全なる実在を意味した「無限者」が」「反対に不完全者と同一視されるに至ったことは、希臘人らしい考え方感じ方を甚だ鮮やかに表したもの」(82)

4.まとめ
「ピュタゴラス学徒の数の説は、宗教とは直接の関係あるものではなかった」、「理想主義の萌芽を宿したものとして従ってプラトンのイデア論の先駆をなしなものとして、宗教形而上学の歴史において看過し難き位置を占める」(82)
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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