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『福音と世界』から

『福音と世界』 2019. 10 (新教出版社)が届きました。
 9月も下旬になると秋の季節が感じられます。9月の一連の学会行事は、無事に終わり、わたくしにとっても、いくつかの収穫がありました(すでに本ブログで紹介)。もちろん、今後も学会関係の仕事は続きます。10月12日(土)には、宗教倫理学会が京都大学文学研究科で開催されますが、当面はこれが問題です。そもそも、来週から、非常勤先で後期授業が開始されますので、のんびりしている場合ではありませんが(というか、のんびり気分の夏ではありませんでした)。

 10月号の特集テーマは「朝鮮半島と日本のあいだ」です。9月号の沖縄問題とともに、最近に日本が直面する問題は、朝鮮半島、これが10月号のテーマです。問題は、日本を含む国際関係をどのように解読するかであり、多くの議論がなされてきましたが、どうもすっきりした気がしません。自明な議論を疑うことだけでは十分ではなく、近代以降の動向の文脈との関連付けが問われるように思います。ともかくも、朝鮮半島、日本を含む東アジアの状況は、10年後には一変している可能性があるのは確かです。

 収録された論考は以下の通り。

・「言説の布置を見る──歴史修正主義とあいちトリエンナーレ事件をめぐって」
 (倉橋耕平)
・「「慰安婦」を忘却させる植民地主義とポストフェミニズム───『帝国の慰安婦』、スピヴァク、ポストコロニアル」
 (菊地夏野)
・「日本と、絶望と、私と、韓国」
 (長尾有起)
・「わたしはあの中黒にいるのだと思う」
 (金村詩恩)
・「未完の2・8独立宣言──在日韓国YMCAにきく100年目の問い」
 (取材:編集部)

 特集のあとには、次の論考・報告です。
・菊地純子:「もう一つの宗教改革発見のたび──日本・ドイツ・スイス教会協議会報告」

続いて、連載。
・土井健司「教父学入門」2:「ローマのクレメンス──使徒教父(1)」
 今回は、教父の出発点である使徒教父。ローマのクレメンスは代表的。「騒動の原因としての「嫉妬」」という議論は興味深い。

「福音の地下水脈」:「第23回:町田康(後編)」
 「一瞬の救いを、何度でも」
 今回が最終回です。ご苦労様でした。

「神の酒」:「第7回 マムシ酒のエンパワメント」
 (石井光太)

「バビロンの路上で」7.「アイリッシュ・ウイスキーをあおり、「キリストの死」をアル・ケイブと夜な夜な語る」
 (マニュエル・ヤン)

「遺跡が語る聖書の世界」10.エルサレム神殿
 (長谷川修一)

 神殿神学をどう論じるのか。考えてみたい、宗教学的テーマです。
 
最後は、次の連載です。
・内田樹「レヴィナスの時間論──『時間と他者』を読む」54
 今回は、慈愛の秩序(他の人間を隣人として、最初に来た人として受け入れる)と正義の秩序(他者に優先順位をつけ、誰をまず愛するかについて判断する。選択の問題)との関係がテーマです。

「慈愛と正義は、私たちの世界を秩序立てたものとして維持するためには欠かすことができない二つの原理である。」「二つの原理を両立させるためには、これらが働くときを「ずらす」必要がある。時系列上に遠ざける必要がある。」
「正義の執行される場において他者の他者性は顧みられない」、「正義が正義としに過ぎないように、正義をたわめる営みが、今後は正義の制度や国家に権威によってではなく、個人によって担わなければならない。」

愛と正義という問題系は、多くの思想家が共有するものです。ティリッヒもリクールも。国家に対する市民社会の存在意義。国家は万能ではない。
以上で「権力と他者との関係」という節が終わる。次に来るのが、「エロス」という主題。両者をつなぐのは、「際立って他なるものとは何か?」という問い。

レヴィナスは「分有のプラトン的法則」に基づく哲学的定義とはまったく異なった「エロス」を論じる。「絶対的に反対的な反対者」=「女性的なもの」。
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雑誌紹介47

 日本基督教学会の学会誌が届きました。今回からは、編集の仕事を外れているため、やや気分的な楽な気持ちで、見ることができました。今回より、論文は投稿制になったためか、掲載論文数は少なめですが、書評はかなり充実している印象です。なお、講演とシンポジウムは、昨年度の学術大会で行われたものの論文化です(これは慣例です)。

日本基督教学会
『日本の神学』58
教文館、2019年9月。

 「悔い改め」の再認識
  (近藤勝彦)
講演 キリスト教の人間の尊厳
  (ハンス ユーゲン・マルクス)
論文
・「老祭司、七人の少年、老婆」
  (加藤哲平)
・「前期パウル・ティリッヒにおける啓示の動的メカニズム」
  (平出貴大)
書評
 わたくしの書いた書評を含め、17本の書評が収録されました。
シンポジウム
 「いま、人間の尊厳を考える」
  (左近豊・佐藤啓介・小松原織香)

 学会誌の充実は、学会にとってきわめて重要な課題である。今後の学会誌に期待したい。

アンドロイド観音

 すでに本ブログで、取り上げましたように、今年の日本宗教学会・学術大会では、初日の公開シンポジウム「宗教と科学のあたらな世界」の石黒浩さんの基調講演が行われ、そこで、さまざまな実例の一つとして「アンドロイド観音」の説明がなされました。昨日、この「アンドロイド観音」について、日経新聞電子版で取り上げられましたので、紹介します。アンドロイド観音が登場するのは、記事の後半です。

「アンドロイド観音が法話 スタートアップが弔い変える」
2019/9/16 5:46 日本経済新聞 電子版
<一部転載>
「・・・
寺院での祈りの形もスタートアップのテクノロジーが変えつつある。京都・東山の高台寺。豊臣秀吉の妻、北政所(ねね)が秀吉を弔うために建てた由緒ある寺院に、それは存在する。
「羯諦羯諦波羅羯諦(ぎゃていぎゃていはらぎゃてい)」。高台寺の南にあるホールにたたずんで合成音声の般若心経を唱えるのは「アンドロイド観音」。アルミニウム削り出しの骨組みで、背骨部分には束ねたケーブルが見える。皮膚に覆われているのは顔と首と胸元、それに両手だけだ。
30分間の法話が始まると室内は暗闇になる。アンドロイド観音だけが照らし出され「ワタシは観音の名前で知られる観自在菩薩(かんじざいぼさつ)」と、おもむろにしゃべり始めた。ホールの天井や壁にはプロジェクションマッピングで般若心経の文字が流れる。
・・・」

 学術大会で聞いた話が、メディアでも取り上げられる。切り口はかなり異なりますが、「ロボットと宗教」は十分にテーマになり得る問題であることがわかります。


日本宗教学会・パネル企画

 日本宗教学会の学術大会では、2日目と3日目に個人の研究発表だけでなく、多くのパネル企画(統一テーマのもとに、複数の研究者が研究発表を行い、全体へのコメントを行うコメンテータが存在し、質疑も全体として行う)の研究発表が行われます。わたくしも、この企画がはじまった初回から、何度か、パネル企画に関わってきました。
 今回の学術大会では、2日目の午後に、第3部会を会場に行われた「近代における暦・国家・宗教」(代表者:岡田正彦)を聞きました。
 発表者、コメンテータは、以下の通り。
・「近代における皇紀の成立」(林淳)
・「明治改暦再考」(下村育世)
・「国民の祝祭日と仏教の忌日──『仏歴一班』と『神宮歴』」(岡田正彦)
・「近代中国における暦政策と旧暦」(謝茘)
 コメンテータ:中牧弘允

 暦は、共同的また個人的な生の秩序の基本に関わっており、支配者が秩序を被支配者に与える仕組みに関わっている。したがって、暦の公的な統一は国家にとって重要事項であり、暦の複数性は現実の複合性・複数性を意味することになる。完璧で完全な統治・秩序化は存在しないとしても、近代日本はかなりこの統一に成功した例といえる(ほかの東在あの諸国と比較して)。元号と皇紀はそれに関わっている。
 コメンテータが強調していたように、暦は文明に関わっている。それはナショナリズムにとってはもちろん、インペリアリズムに関しても妥当する。元号は前者、皇紀は後者に関わる。皇紀はインドネシアにおいて典型であるが、植民地の統治に関わっていた。
 日本と中国の比較、グレゴリオ暦をめぐる問題、江戸時代から現代に至る仏歴の意味など、考える材料を多くいただいた。

 個人の研究発表も、充実した研究が多くあり、聴講して楽しい大会だった。
 本日は3日目の最終日ですが、わたくしは午前中にいくつかの研究発表を聞き、面談を行い、午前中で会場を離れます。
 

日本宗教学会・公開シンポジウム

 昨日は日本宗教学会の学術大会初日で、公開シンポジウムが行われました。会場校の帝京科学大学の企画による、「宗教と科学のあたらな世界」とテーマのシンポジウムは、石黒浩さんの基調講演をメインとしたものでしたが、まさに「新たな世界」を感じさせる刺激的で充実したものとなりました。さすがロボット工学の最先端を担う研究者であり、宗教学の分野を専門にするものにも、多くの考えるヒントを与えるものでした。
 以下、メモより、印象に残ったことを、紹介します。

・アンドロイドは人間とは何かを考えるヒントとなる。「ロボットは人間を映す鏡である」。
・「存在感」については、観察による場合と、想像による場合があり、ポイントは後者。
  複数の(2つの)モダリティの組み合わせが、想像力(積極的)を刺激し、存在感を生じる。  
  ハグビーの例は説得的
・日常と非日常、現実と非現実、実在と非実在の組み合わせが、想像力をかき立てる。
・自律的アンドロイドの可能性。これはロボット工学の目標・夢であるが、この実現については、見解が分かれる。
 階層的モデル:欲求/意図/動作
・「この世に生き残る使命」。これはなんだろう。進化(遺伝子と技術)において働いているもの。
・技術による進化は無機物化、身体の無機物化。
 身体・有機体とは何か。無機物に知性を与えるという存在。

 身体の問題は重要。身体は、人間の有限性・具体性の場となるが、それは、人間では自己参照性を介して不安を生じ、これが宗教に関係する。サイバネティックス的不死という問題が問われることになるが、波多野精一が行った永遠についての分析を参照するともっと精密な議論ができる。

 考えるべきこと、さらに進むべき先がある。
プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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