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旧閑谷学校より

昨日から、岡山県備前市の旧閑谷学校でのフォーラムに参加にしています。一日目午後は、シンポジウムがあり、そこで、わたくしが発表したもののレジメを掲載します。こんな話をしました。
 閑谷学校(1670年、庶民のための学校)、紅葉も美しく、すばらしいところです。

近代西洋の読書   

1.自分の専門から
1.キリスト教思想
 聖書の場合、元来は、基本は音読、大多数の人々は自分では字が読めない、代表して人々のために朗読する。
2. 音読から黙読へ、中世の発明。
「十三世紀にはいくつかの物質的・技術的な新機軸が最終的に完成し、書物の新たな顔、新たな使用法が確立される。・・・さらに革命的だったのは、特別な聴衆を前にする時をのぞいて音読が放棄され、個人的な黙読が始まったことである。個人的読者がヨーロッパに生まれたのだ。」(ジャック・ル=ゴフ『ヨーロッパは中世に誕生したのか?』藤原書店、2014年、280頁)
3.今回は、近代西洋へ、そして現代、日本へ 

2.近代と文学の使命
4.近代(いつから?)
17世紀半ば以降(30年戦争を転換点として、1618-48。宗教改革後における最後にして最大の宗教戦争)、明確には18世紀以降。
5.近代西洋において何が起こったか、18世紀から19世紀にかけて 
・国民国家
・大衆社会
  近代は、一民族一国家の理念が成立し、国民と国民文学が生まれた時代。
6.この歴史的状況を背景に、文学と読書が新しい意義を獲得する(あるいは担う)
  =文学の使命。
「文学に関するもろもろの定義が現在のようなかたちをとりはじまたのは、実のところ、『ロマン主義の時代』以降のことだ。『文学』という言葉の中に現代的な意味が発生したのは十九世紀なのだと言ってもよい。こうした言葉の意味で使われる文学とは、だkら、歴史的にみればごく最近の現象ということになる。」(T・イーグルトン『文学とは何か──現代批評理論への招待』岩波書店、1985年、30頁)
7.教養人から大衆へ(識字率の高まり。国民国家形成・初等教育の整備)
人間形成・人格陶冶/国民の創出

3.読書のインフラ
8.図書館と翻訳:古代からの文化遺産、王政の付属施設
モスタファ・エル=アベディ『古代アレクサンドリア図書館
     ──よみがえる知の 宝庫』中公新書、1991年。
小澤実・薩摩秀登・林邦夫『辺境のダイナミズム』岩波書店、2009年。
原田安啓『中世イスラムの図書館と西洋──古代の知を回帰させ、文字と書物の     帝国を築き西洋を覚醒させた人々』日本図書刊行会、2015年。

9.近代文化=国民文化は、大規模な翻訳事業を土台とする。
   近代国家建設、ドイツ(近代ドイツは豊かな翻訳理論を生み出した)
   そして、日本
近代化=近代国家建設は、先行する先進国の文化を受容することから始まる。
 翻訳。日本文学は、明治以降の世界文学の翻訳によって進められた。
10.芦名定道「哲学的思惟と聖書翻訳の問題」
    (理想社『理想』No.701、2018年9月、75-86頁)。
11.翻訳にとってのインフラとしての図書館。
「翻訳家のかくれた楽しみのひとつに図書館とのつきあいがある。・・・図書館がよいは翻訳作業の一部になる。」「狙いがはずれたおかげで、思いがけない発見ができたりするのも図書館ならではのことだ。どの図書館も固有の顔をもっており、使いなれるとふしぎな愛着がわいてくる。」(辻由美『翻訳史のプロムナード』みすず書房、1993年、271頁)

4.まとめ
12. 読書は世界への窓口になる、人間形成の場となる。これは、現代も同様である。
 とすれば、図書館の役割は大きい。
図書館を商業化することは何をもたらすか。
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2017年度末の研究成果刊行

 年度末は、研究に関連してさまざまな成果を刊行する時期であるが、2017年度末(2018年度3月)は、いくつかの成果刊行が重なったので、まとめて、本ブログにも掲載しておきたい。

<単著>
『東アジア・キリスト教の現在』
三恵社、2018.3。
 はじめに
 第一章 東アジアの宗教状況とキリスト教
    ──家族という視点から
 第二章 死者儀礼から見た宗教多元性
    ──日本と韓国におけるキリスト教の比較研究より
 第三章 東アジア世界における宗教的寛容と公共性
 第四章 アジアのキリスト教とナショナリズム
    ──内村鑑三の非戦論との関連で
 文献表
 人名索引

 これは、三部作の2冊目で、予定としては、今年度中に3冊目を刊行予定。

<共著>
土井健司監修
『1冊でわかるキリスト教史──過去から現代まで』
日本キリスト教団出版局、2018.3。
 わたくしの担当は、「第4部 近現代」 148~190頁。

<論文>
・「宗教哲学にとっての脳神経科学の意義」 
 (宗教哲学会 『宗教哲学研究』 No.35 、昭和堂、2018.3)

・「キリスト教思想における「適応の原理」の射程」
 (京都大学キリスト教学研究室 『キリスト教学研究室紀要』 第6号、2018.3) 

・「内村鑑三と聖書」
 (アジア・キリスト教・多元性研究会 『アジア・キリスト教・多元性』 第16号、2018.3)


研究報告(2)

 研究報告書の概要については、前回の記事で説明した通りであるが、昨日、印刷された報告書が届いた。これで、報告書作成は完了である(別の形式・書式の報告書は残っているが。おそらくこれは年度末)。この点から言えば、報告書作成が次年度にずれ込むこともなく、模範的な締めくくりと言える。報告書の経費が確定したことにより、予算についても、本日で最終執行となるであろう(残金は残り僅かであるが、1円を残すことなく、執行しなければならない)。

 報告書の概要では、説明しきれなかった点について、補足しておきたい。

・報告書は研究のほんの一部である。
 本ブログの内容は、科研による研究計画の範囲をかなり越えた事柄に及んではいるが、研究計画に関連したものだけでも、分量的には膨大なものとなっている。それに比べれば、A4で150頁になったとはいえ、報告書に収められたものは実施された研究のほんの一部に過ぎない。時間と予算がもう少しあれば、さらに充実した報告書が可能であったと思われる。
 この3年間に作成した論文の中で直接研究計画に関わらないものはすべて省略され、特殊講義に関してはその一部を講義資料の形で収録するにとどめられた。これらは、書き直しを行い、あるいは論文化するが必要だったように感じている。
 また、何よりも心残りなのは、研究の初年度にさまざまな点で協力いただいた、李ハンヨン(Lee、Hahn Young:メソジスト神学大学外来教授、当時は、京都大学文学研究科招聘外国人学者)さんの論文「土着化神学の流れと再考 : 尹聖範、邊鮮煥、李正培を中心として」を掲載できなかったことである。この論文(翻訳)については、何らかの形で公にしたいと考えている。
 あるいは、この間に数回にわたって行われた韓国での研究調査についても、報告書ではまったく触れることができなかった。本ブログで概略を述べたにとどまっている。写真データについても、今後活用できればとは思うが、どうなるだろうか。

・科研費による研究は一つの区切りとなるが、研究は終わらない。
 以上の報告書に掲載できなかった研究からもわかるように、この研究計画はより大きな研究構想としては継続されるべきものであり、すでにその方向で研究は進みつつある。今後の構想についても、詳細を説明する機会があるかもしれないが(たとえば科研費などの外部資金による研究計画は、研究の内発的な要因だけではなく、さまざまな外的要因がからむことになり、予算が獲得できないとなんとも言えないところが大きい)、言語論・聖書論から、自然(自然神学・科学)と社会(社会科学)へという問題連関をめぐるものとなる見通しである。これに、そのときどきの仕事が絡み、研究は意外な展開を示すことにもなる。             

研究報告(1)

 三年間にわたり行われてきた科研費による研究であったが、いよいよ、締めくくりの時期となり、現在、報告書の作成中である。残りの予算で印刷製本をすることも考え、頁数は当初の予定よりかなり圧縮することになった(それでもA4で150頁程度にはなるので、分量だけから言えば、課程博士論文サイズである)。
 もちろん、科研費が区切りとなっても、研究が終わるわけではなく、次の科研費が獲得できれば、その費用で、獲得できなければ、できないなりに、研究は継続される。その点では、報告書作成の段階で、意識はすでに次の研究構想に向いている。

 報告書は、基本的に形が決まっており、それにしたがって、作成することになるが、研究の形式的な説明(題目や課題番号、研究メンバー、この間に行った論文執筆や口頭発表など)に続き、研究概要をまとめることになる。ここまでが、いわば報告書の序に相当する。この研究概要の最後は、研究成果を箇条書き的に列挙する形になるが、その内容は次の通りである。なお、研究概要の書き出しは、本ブログで研究概要とタイトルで書いた文を使用している(この文は研究の申請書のために作成したものが原型となっている)。

<研究概要の結び>
 以上の研究構想に基づいた本研究の成果は以下のようにまとめられる。
1.自然神学の再構築の基礎論としての聖書解釈。
 本研究は、キリスト教思想(神学)と諸科学との間の相互連関を可能にする自然神学を、現代の自然科学はもちろん、社会科学や人文科学も視野に入れる仕方で再構築するという基本的な構想にもとづいて進められた。これは神学と諸科学との間のコミュニケーション合理性の確立に関わる問題設定であるが、もちろん、これは一挙に成し遂げられるものではなく、本研究ではその出発点を聖書とその解釈においた。それは、次の二つの理由に基づいている。まず、聖書はきわめて多様に展開されてきたキリスト教思想の基盤に位置するものであり、キリスト教思想の基点あるいは土台はここに求めることができるからである。次に、自然神学の古典的で規範的な事例と言える、西洋キリスト教の歴史的文脈における自然神学がまさに聖書(特に創造論)を基盤として構想されており、自然神学を再構築する場合にも、聖書に帰ることが適切な方法であると考えられるからである。その具体的な内容については、本報告書の第一部、特に講義資料において示されている。

2.日本(東アジア)における自然神学の基礎論となる宗教哲学、また韓国での動向。
 本研究では、自然神学を現代の文脈で再構築するにあたり、日本を含む東アジアの基督教思想の動向を参照するという方法がとられた。それについては、当初の研究計画から見ると研究の範囲を縮小することになったものの、実質的な点では、目的は達成できたものと思われる。すなわち、現代の韓国キリスト教思想において、本研究と密接に関わる思想動向が確認され、今後、東アジアにおいて自然神学の再構築という課題に向けた議論の道筋を明らかにされた。それは、本報告書の第三部に翻訳し収録された韓国語論文が示す通りである。

3.聖書的思考(聖書の思想)に基づく環境論と経済論の統合。
 聖書あるいは聖書解釈が本研究の基点となることはすでに確認した通りであるが、聖書から自然神学の再構築をどのように遂行するかについては、個々の問題に即した議論が必要になる。つまり、再構築された自然神学の射程に含まれた環境論と経済論の中身の問題である。これについては、第一部に収録された論文と講義資料において基本的な論点が展開されている。特に、重要な成果として強調したいのは、聖書・自然神学という観点から見ることによって、環境論と経済論とが一つの連関で議論可能になることが示されたことである。しかも、これらは創造、契約、終末という聖書の思想基盤に依拠したものであり、聖書から再構築された自然神学の内実として提示するに相応しいものとなっている。

4.科学技術自体をテーマとしたキリスト教自然神学。
 自然神学の再構築は、環境と経済という問題連関が示すように、理論構築に止まるものではなく、その射程は科学技術がカバーする広範な領域に及んでいる。それは、本研究報告全体からも理解いただける論点と思われるが、特に、第三部では、研究代表者がこの研究計画の期間に行った書評を収録し、自然神学の問題が、遺伝子工学や原子力にも関わることを示した。本研究とは別の研究として取り組まれた問題であるが、研究代表者は、近年脳科学と宗教というテーマにも研究を拡げつつある(芦名定道「脳科学は宗教哲学に何をもたらしたか」、芦名定道、星川啓慈編『脳科学は宗教を解明できるか?』春秋社、2012年、所収)。将来的には脳科学の問題も、自然神学の再構築という本研究の問題領域に組み込まれることになるであろう。


 ここまでが報告書の序であるが、この後に以上にまとめられた研究成果の具体的な内容に相当する本論が来るわけであり、この本論が報告書の大半部分を占めることになる。
 今回の報告書の場合、その目次は次のようになる。


目   次


第一部 自然神学・環境・経済と聖書解釈
  1.「キリスト教信仰と科学の関係史──進化論を中心に」
  2.「キリスト教と近代社会の諸問題」
  3.講義資料から
   ・「キリスト教思想から見た環境と経済」
   ・「聖書と環境思想」
   ・「聖書と経済思想」

第二部 韓国キリスト教思想と環境論
  4.柳美浩「被造物と共なる基督教環境運動の25年」
  5.金敬宰「気候崩壊と神学的応答 : 過去25年の韓国神学界の自然
         -エコロジー神学探求の地形図と今日の課題」

第三部 書評
  ・書評1.「金承哲著『神と遺伝子──遺伝子工学時代におけるキリスト教』」
     (日本基督教学会『日本の神学』49号、2010年9月、pp.185-190。) 
  ・書評2.「『基督教思想』編『原子力とわたしたちの未来──韓国キリスト教の視点から』」
     (『福音と世界』2013.3、新教出版社、掲載予定。)


 当初の予定では、以上の第一部の内容は、この3年に執筆した宗教哲学関連の諸論文を収録するなどして、ここを二部形式することになっていたが、頁が膨大なものになることがわかり、以上の形態にすることに落ち着いた。
プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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