内村鑑三、無教会関係の文献調査

 19日から、北海道大学で文献調査をおこないました。主に、北海道大学附属図書館本館での調査となりましたが、北大図書館は、紹介状なしに1日利用証が発行してもらうことができ、利用しやすい図書館である(市民に開かれた図書館)。北海道大学には、内村鑑三文庫や新渡戸稲造文庫などが存在するだけでなく、内村鑑三関連の文献は、開架図書の範囲においてもかなり充実しており、そのほかに、書庫内や北図書館、各学部図書館にも、関連文献は広がっている。
 今回は、本格的な内村鑑三文庫調査(年内に可能か?)に向けた予備調査と、文庫以外の文献調査を行った。

以下、開架図書で、目に付いたものいくつか紹介してみよう。
1.南原繁研究会編『無教会キリスト教と南原繁』EDITEX、2012年。
  この文献では、内村とシュヴァイツァーとの関わり(エピソード)が触れられている。
2.鈴木範久『内村鑑三の人と思想』岩波書店、2012年。
  内村の父親との関係(受けた教育)から、はじまり、 終章で、内村を論じる次の視点が提示されている。
   ・後世の観念にもとづく現世の生き方
   ・個の確立と自由および独立精神
   ・非戦・平和論
   ・人類と自然(天然)との共存と再生思想
   ・諸宗教と諸文明の相対化と仲介
   ・小さなものへの視線
   ・死者との対話
3.矢内原忠雄『新装版 内村鑑三とともに』東京大学出版会、2011(1962)年。
4.江端公典『内村鑑三とその系譜』日本経済評論社、2006年。
 大塚久雄、丸山真男の内村論から、内村の論理が、身近な個々人としての人類、「個というものの実在を主張する「唯名論的」とらえ方」(83)として分析されている。これは、エロースと対比されるアガペーの特質であり、内村にキリスト教的ヒューマニズムを読み取ることは可能かもしれない(先日の日本宗教学会でのパネルにも関連する)。
5.大竹庸悦『内村鑑三と田中正造』流通経済大学出版会、2002年。
 序と第二部(B)のニーチェ論は別にして(「反自然としてのキリスト教」といったキリスト教理解に内村どう答えるだろうか)、田中正造がどの新約聖書の箇所をどのように読んだのかについての議論は参考になる。
6.前田英樹『信徒 内村鑑三』河出ブックス、2011年。
 内村は自分を一人の「信徒」と考えていたという趣旨。
 同じく内村鑑三評伝に分類できるもので、次のものはかなり古く本格的(内村については評伝的な文献が少なくない。相互に比較するとおもしろいかもしれない)。
7.政池仁『内村鑑三伝 再増補改訂新版』教文館、1977年(1953年)。
8.鈴木範久編『内村鑑三談話』岩波書店、1984年。
 読み物としてもなかなかおもしろい。
 「文部省ほど教育を知らないところはない」(大正10年)などは、現代の話かと思ってしまう(?)。

 ほかに書庫内にもさまざま文献が存在する(他大学の所属の場合、書庫に入ることはできない。必要な文献を掛員に探し出してもらわねばならない。かなり大きな文庫の調査をおこなうには、書庫内に入る形でないと効率が著しく落ちてしまう。この点が問題である)。

 今回、特に面白かったのは、書庫内にあった次の文献である。
9.今井館教友会編『今井館資料館 蔵書目録』2005年、追補1(2006年)、追補2(2008年)
 この蔵書目録には、図書の部・一般図書に、4336点、追補1に449点、追補2に410点が、記載されている。
関連雑誌のコレクションはさすがに充実している。
 また、内村・無教会関連以外のキリスト教一般の文献もさまざま揃っている。たとえば、次の文献が目についた。
10.海老沢有道『日本の聖書:聖書和訳の歴史』日本基督教団出版局、1981年。
 いずれ今井館でも文献調査したい。

 今回は、文献を手に取りつつゆっくり思索することができた。もちろん、京都でも文献は手元に(また図書館)に存在するわけであるが、大学の研究室では、さまざまな所用が入ってきて、ゆっくり思索という時間が取りにくい。ゆっくり考えるのに、出張が有益であることは、今回の収穫である。
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文献調査(日本語・論文、2010/10/11)

「自然神学・環境・経済」に関連して日本語で発表された論文リストです(もちろん、重要な文献を完全に網羅しているわけではありません)。作成は、上原潔さんです。


・Boff Leonardo「解放の神学とエコロジー---分立か互恵か?」『神学ダイジェスト』(上智大学神学会神学ダイジェスト編集委員会)81、1996年。
・Everett William Johnson「グローバル契約とエコロジカルな公共--建設的神学的考察[含 英語文] 」『キリスト教文化学会年報キリスト教文化学会』51、2006年。
・Gibellini Rosino「エコロジ-に関する神学論争」『神学ダイジェスト』(上智大学神学会神学ダイジェスト編集委員会)82、1997年。
・ヒルシュマイヤ ヨハネス「マーテル・エト・マジストラ---その経済学的評価」『アカデミア』(南山大学出版部、北野 利信 [訳])32、1961年。
・ペピン ハンス・ヨアヒム「カトリック神学と経済学:金融危機と教皇の新しい回勅」『宗教研究』(日本宗教学会、大会紀要)83(4)、2010年。
・マッカーシー、ジョン「宇宙的キリストとエコロジー (特集 現代のキリスト論) 」『神学ダイジェスト』(上智大学神学会神学ダイジェスト編集委員会)84、1998年。
・モンテフィオレ、ヒュー「環境問題とキリスト教」『キリスト教論藻』(神戸松蔭女子学院大学、中道 政昭 (訳))22、1989年。
・阿部源一「キリスト教経済思想の一研究」『国際商科大学論叢 商学部編』(国際商科大学)30、1984年。
・井上義彦「自然観における機械論と目的論、及びその調停的な両立性―環境問題を考察する視座のために」『長崎大学教養部創立30周年記念論文集』(長崎大学教養部)35、1995年。
・稲垣久和「公共哲学と宗教倫理:「幸福な社会」形成のエートス(<特集>宗教と倫理)」『宗教研究(日本宗教学会)83(2)、 2009年。
・宇都宮輝夫「環境危機と新しい倫理 (新しい神学の形成<シンポジウム>)」『日本の神学』(日本基督教学会)31、1992年。
・王福智「カトリック社会経済思想の概要」『亜細亜大学誌諸学紀要、人文・社会・自然』(亜細亜大学)8、1962年。
・岡精三「エコロジーとキリスト教」『桃山学院大学キリスト教論集』(桃山学院大学)23、1987年。
・岡田純一「企業に関する現代カトリック社会経済論」『聖心女子大学論叢』(聖心女子大)17、1961年。
・岡田純一「現代の社会経済問題と教会---ピオ十二世の社会論を中心として」『世紀』(世紀編集室)111、1959年。
・岡田純一「現代世界への批判と希望---「マーテル・エト・マジストラ」の社会経済的教え」『世紀』(世紀編集室)140、1962年。
・紀藤信義「1632年の"Feoffees for Impropriation"事件について---ピューリタン運動における宗教・政治・経済の一結節点」『広島大学文学部紀要』(広島大学文学部)17、1960年。
・吉村文成「利息を禁止した宗教の智恵:おカネと資本についての一考察」『国際文化研究』(龍谷大学)11、2007年。
宮平望「アメリカのエコロジー神学・プロセスの神学・物語神学」『思想研究叢書』(西南学院大学)36、2004年。
・金 承哲「「沈黙の春」と神の沈黙:環境危機の時代においてキリスト教神学の可能性について」『金城学院大学論集 人文科学編』(金城学院大学)36、2002年。
・原田哲史「アダム・ミュラーによる国家・経済の「神学的」把握」『社会と倫理』(南山大学社会倫理研究所)6、1999年。
・工藤英一「足尾鉱毒事件における潮田千勢子---キリスト教の問題を中心として (島崎隆夫教授退任記念特集号)」『三田学会雑誌』(慶応義塾経済学会)75(3)、1982年。
・溝口次夫「宗教が環境保全に果す役割」『社会学部論集』(佛教大学)40、2005年。
・高瀬弘一郎、日埜 博司「16・17世紀極東におけるイエズス会士の経済活動とキリスト教経済思想:とくにウスラの問題をめぐって」『流通経済大学流通情報学部紀要』(流通経済大学)2(2)、1998年。
・高野晃兆「古代教会におけるキリスト教経済思想の形成---トレルチ「社会学説」研究ノ-ト」『基督教学研究』(京都大学基督教学会)16、1996年。
・今西正雄「中世教会の社会経済的発展とその諸問題(三)---とくにドイツを中心として---『同志社大學經濟學論叢』(同志社大学経済学会)10(1)、1959年。
・今西正雄「中世教会の社会経済的発展とその諸問題---とくにドイツを中心として---」『同志社大學經濟學論叢』(同志社大学経済学会)9(1)、1958年。
・今西正雄「中世教会の社会経済的発展とその諸問題(二)---とくにドイツを中心として---」『同志社大學經濟學論叢』(同志社大学経済学会)9(2)、 1959年。
・佐藤敏夫「経済的メタファーとしての十字架:「十字架のメタファー的解釈」再論」『神学』(東京神学大学)50、1988年。
・佐藤邦広「企業経営理念における倫理基準の設定とその適用への示唆---生命科学とキリスト教倫理からの考察」『東北学院大学論集 経済学』(東北学院大学学術研究会)139、1998年。
・佐藤邦廣「日本的経営と日本的思考の課題---キリスト教的思考前提と比較研究」『東北学院大学論集 経済学』(東北学院大学学術研究会)145、2000年。
・坂本幹雄「近代経済神学史の展開---ロバート・H・ネルソン:『地上の天国への到達---経済学の神学的意味』について」『創価大学人文論集』(創価大学)6、1994年。
・桜井健吾「ルール地方のカトリック労働者同盟とキリスト教労働組合(1860-1914年)」『南山経済研究』(南山大学経済学会)25(1)、2010年。
・三辺清一郎「自由主義経済学の底を流れるもの:それはキリスト教の精神である」『桃山学院大学キリスト教論集』(桃山学院大学)2、1966年。
・山本俊正「グローバル経済とキリスト教倫理の可能性---「分ちあい」倫理と国際連帯」『経済商学論究』(関西学院大学商学研究会)57(2)、2009年。
・山木聖史、鈴木美貴子、今井 悠人 [他] 「環境思想とキリスト教(11) 座談会・文学を読もう! 」『福音と世界』(新教出版社)60(3)、2005年。
・若林明彦「形式主義的正義原理の限界とその克服:正義と愛と人権の関係を軸として」『千葉商大紀要』(千葉商科大学)41(3)、2003年。
・手嶋將博「マレーシアと日本における環境教育の比較研究」『文教大学教育学部紀要』(文教大学)39、2005年。
・酒枝義旗「経済生活とキリスト教」『人文科学研究』(早稲田大学人文科学研究所)6、1949年。
・緒田原涓一「カトリシズムと後進国援助の諸問題---新社会回勅マーテル・エト・マジストラを中心として」『上智経済論集』(上智大学経済学会)9(2)、1963年。
・小原克博「キリスト教は環境問題に対して何ができるのか? 」『福音と世界(特集 環境問題とキリスト教)』(新教出版社)63(1)、2008年。
・小原信「現代社会の危機とキリスト教」『論集』(青山学院大学)37、1996年。
・小谷春夫「現代の経済問題と教会」『桃山学院大学キリスト教論集』(桃山学院大学)1、1965年。
・小林珍雄「産児制限と世界経済と信仰」『ソフィア』(上智大学)7(1)、1958年。
・沼田健哉「宗教と科学の関係に関する一考察:エコロジー問題を中心として『桃山学院大学キリスト教論集 (学院創立110周年記念号)」』(桃山学院大学)31、1995年。
・上條直美「持続可能な社会と私たちの暮らしをめぐって思うこと 」『福音と世界(特集 環境問題とキリスト教) 』(新教出版社)63(1)、2008年。
・城崎進「クムラン共同体の経済生活」『神學研究』(関西学院大学)9、1959年。
・深町正信「John Wesleyの経済倫理をめぐってキリスト教と文化」『紀要:青山学院大学宗教主任研究叢書』(青山学院大学)15、1999年。
・齋藤かおる「環境思想とキリスト教(12) 時にはリスク評価に「No!」と」『福音と世界』(新教出版社)60(11)、2005年。
・齋藤かおる「環境思想とキリスト教(13) 誰が"無知"なの?---新約をどう読むか」『福音と世界』(新教出版社)60(12)、2005年。
・齋藤かおる「環境思想とキリスト教(14・最終回) ロハスとは違うスタイルで!---旧約をどう読むか」『福音と世界』(新教出版社)61(1)、2006年。
・相澤一「神学の包括性の問題:ティリッヒ神学における、個人の救いと社会の救いの関係」『聖学院大学論叢』(聖学院大学)20(2)、2008年。
・大西晴樹「The World Turned Upside Down/C.Hill(1972)---ピュ-リタン革命期急進的宗教運動における経済倫理の3類型」『明治学院大学キリスト教研究所紀要』(明治学院大学キリスト教研究所)18、1985年。
・大木聡「「経済とヒュ-マニズム」を巡る日欧市民対話の試み (アジアに生きるキリスト者--経済危機に直面して) 」『福音と社会』(カトリック社会問題研究所)37(1)、1998年。
・中山弘正「キリスト教と経済---三つの位相」『途上』(思想とキリスト教研究会)25、2003年。
・天川潤次郎「アメリカにおける宗教と経済キリスト教主義教育」『キリスト教主義教育研究室年報』(関西学院大学)17、1989年。
・田村光三「「地の支配」(dominium terrae)考---工業化・環境破壊・キリスト教---(1) 」『政経論叢』(明治大学)65(3-4) 、1997年。
・田代幸雄「キリスト教と古代言語に関する21世紀の研究エコロジー」『比較思想研究』(大正大学)24別冊、1998年。
・土井かおる「マクフェイグにおけるケアの倫理:環境問題へのキリスト教の可能性と課題」『神學研究』(関西学院大学神学研究会)50、2003年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(7) 葡萄の枝であるとは?」『福音と世界』(新教出版社)59(10)、2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(8) 言葉は後から」『福音と世界』(新教出版社)59(11)、2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(1) この連載で何を考えていくのか」『福音と世界』(新教出版社)59(4) 、2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(2) 動物の権利」『福音と世界』(新教出版社)59(4)、 2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(3) 森林・植物の権利」『福音と世界』(新教出版社)59(6)、2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(4) エコ・フェミニズム問題」『福音と世界』(新教出版社)59(7)、2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(5) 人口問題」『福音と世界』(新教出版社)59(8)、 2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(6) 戦争問題」『福音と世界』(新教出版社)59(9)、 2004年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(9) 哲学者の神と自然」『福音と世界』(新教出版社)60(1)、2005年。
・土井かおる「環境思想とキリスト教(10) 敬虔と従順」『福音と世界』(新教出版社)60(2) 、2005年。
・東方敬信「生命倫理と地球時代の神学」『青山学院大学総合研究所キリスト教文化研究センター研究叢書』(青山学院大学)3、1993年。
・東方敬信「生命倫理と地球時代の神学 (キリスト教生命倫理研究) 」『青山学院大学総合研究所キリスト教文化研究センター研究叢書』(青山学院大学)3、1993年。
・東方敬信「企業の社会的責任の思想:法律家と神学者の対話 」『青山マネジメントレビュー(<特集>企業の社会的責任) 』(青山学院大学)7、2005年。
・東方敬信「現代社会におけるキリスト教経済倫理」『キリスト教と文化 :紀要』(青山学院大学宗教主任研究叢書・青山学院大学)8、1992年。
・東方敬信「イエスとその時代の経済世界 」『キリスト教と文化: 紀要(G・W・ギッシュ先生退職記念号) 』(青山学院大学宗教主任研究叢書・青山学院大学)19、2003年。
・東方敬信「大学における講義要約シリーズ(20) 青山学院大学におけるキリスト教経済倫理学」『経営倫理』(経営倫理実践研究センター)20、2001年。
・東方敬信「使徒パウロの経済倫理」『キリスト教と文化: 紀要』(青山学院大学宗教主任研究叢書・青山学院大学)20、2004年。
・東方敬信「社会科学的合理性への神学的挑戦:ヴェーバー・テーゼを巡って」『キリスト教と文化』(青山学院大学)22、2006年。
・東方敬信「ジョン・ウェスレーの経済倫理への一考察 」『キリスト教と文化: 紀要(深町正信先生・廣瀬久允先生退職記念号)』(青山学院大学宗教主任研究叢書・青山学院大学)24、2008年。
・東方敬信「キリスト教経済倫理序説:社会的福音をめぐって」『論集』(青山学院大学)28、1987年。
・東方敬信「キリスト教経済倫理序説:働く意味」『論集』(青山学院大学)29、1988年。
・東方敬信「キリスト教経済倫理序説:経済生活についての神学的考察」『論集』(青山学院大学)30、1989年。
・東方敬信「キリスト教経済倫理序説:経済生活についての神学的考察 」『論集(院長・理事長大木金次郎教授追悼号) 』(青山学院大学)30、1989年。
・東方敬信「キリスト教経済倫理序説:市場経済をめぐって」『論集』(青山学院大学)31、1990年。
・東方敬信「「経済の神学」は可能か? 」『論集』(青山学院大学)36、1995年。
・東方敬信「神学とポスト・モダンの経済倫理」『青山經濟論集』(青山学院大学)50(4)、 1999年。
・東方敬信「キリスト教と資本主義:ウェーバーとトーニー(1)」『青山經濟論集(青山学院大学経済学部設立50周年記念論文集) 』(青山学院大学)51(1/2/3)、1999年。
・東方敬信「キリスト教と資本主義:ウェーバーとトーニー(2)」『青山經濟論集(大谷登士雄名誉教授記念特集号) 』(青山学院大学)54(3)、2002年。
・内藤新吾「原子力問題と隣人の命 」『福音と世界(特集 環境問題とキリスト教) 』(新教出版社)63(1)、2008年。
・畠山重篤「シンポジウム2 環境とキリスト教」『基督教論集』(青山学院大学基督教学会)43、2000年。
・帆苅猛「現代キリスト教における人間と環境」『短大論叢』(関東学院女子短期大学)107、2001年。
・武田康「宗教と経済社会---仏教,キリスト教の教理と経済、経営」『仏教経済研究』(駒沢大学仏教経済研究所)20、1991年。
・福田泰久「中世ヨーロッパのキリスト教的経済思想」『全国商業教育研究協議会年報』(全国商業教育研究協議会)2005、2005年。
・北村次一「現代企業とキリスト教倫理:序説的試論」『キリスト教主義教育:キリスト教主義教育研究室年報』(関西学院大学)5、1977年。
・朴俊緒「神の像(Imago Dei)に関する聖書的理解」『基督教研究』(同志社大学)66(1)、 2004年。
・野尻武敏「働くこととその周辺---キリスト教の労働観をめぐって」『アカデミア 経済経営学編』(南山大学)83、1984年。
・野渡正博「宗教と国富に基づくチームワーク認識差異の確認:インダストリアルチームワークダイナミックスの構築と検証(第3報)」『日本経営工学会論文誌』(社団法人日本経営工学会)60(4) 、2009年。
・柳沢哲哉「19世紀前半イギリスにおけるキリスト教と経済思想」『経済学史研究』(経済学史学会)47(2)、2005年。
・有江大介「自然神学の「幸福な世界」:19世紀前半ブリテンにおける神学的経済社会把握」『エコノミア』(横浜国立大学)56(1)、2005年。
・竜野健次郎「キリスト教の経済倫理」『経済道徳研究所年報』(渋沢青淵記念財団竜門社)4、1956年。
・両角英郎「環境思想とキリスト教」『産業・社会・人間』(産業社会学会)8、2006年。
・魯恩碩「「貧者の神学(Armenfrommigkeit)」の社会経済的背景に対する考察」『人文科学研究』(国際基督教大学・キリスト教と文化研究所)40、2009年。
・和田重司「アダム・スミスの経験科学と神学の問題」『経済学論纂』(中央大学経済学研究会)37(1・2)、1996年。
・加藤義喜「環境・資源問題の深刻化と経済倫理」『紀要』(日本大学)33、2003年。
・加藤義喜「世界経済論の風土論的推定〔含 コメント〕 (世界経済の全体像---1980年代への展望)」『国際経済』(国際経済学会)31、1980年。

文献調査(和書・著書、2010/10/7)

文献調査(和書・著書)のデータの追加です。作成は、引き続き、上原潔さんです。

・環境経済・政策学会編『環境倫理と市場経済』東洋経済新報社、1997年。
・細田衛士『環境と経済の文明史』NTT出版、2010年。
・芹川博通『環境・福祉・経済倫理と仏教 : 現代を生きるための叡知』ミネルヴァ書房、2002年。
・加藤尚武編『環境と倫理 : 自然と人間の共生を求めて』(新版)有斐閣、2005年。
・ゲオルク・ピヒト『ヒューマン・エコロジーは可能か : 人間環境論の哲学的基礎づけ』(河井徳治訳)晃洋書房、2003年。
・間瀬啓允『エコフィロソフィ提唱 : 人間が生き延びるための哲学』法藏館、1991年。

文献調査(和書・著書、2010/9/27)

キリスト教(一部、より広範な宗教一般も含む)と関連した環境・経済に関する文献リスト(和書)をアップします。
完全なリストではありませんが、今後文献を追加し、包括的なリストを目指します。作成協力は、上原潔氏(京都大学大学院文学研究科博士後期課程1回生、キリスト教学専修)です。

・ジョン・ストット『地には平和──キリスト教と核・環境・南北・人権問題』(油井義昭訳)すぐ書房、1988年。
・ベルンハルト・ヘーリング『世界への責任・環境・文化の倫理──キリストにおける自由キリスト教的生活の実践のための倫理神学』(田淵文男訳)、中央出版社、1990年。
・M.クレッカー、 U.トゥヴォルシュカ編『環境の倫理』(石橋孝明、榎津重喜、山口意友訳)、九州大学出版会、1999年。
・エリク・ドイル『現代に生きる『太陽の賛歌』──フランシスコの環境の神学』(石井健吾訳)、サンパウロ、2000年。
・M.L.スタックハウス『公共神学と経済』(深井智朗監訳)、聖学院大学出版会、2004年。
・世界教会協議会(WCC)「正義・平和・創造」部局 [編]『地球温暖化とキリスト教──「持続可能な社会」のために』(秋田聖子ほか訳)、新教出版社、1999年。
・ジェイコブ・ヴァイナー『キリスト教と経済思想』(根岸隆、根岸愛子訳)、有斐閣、1980年。
・ジョン・カーモディー『自然を守る──エコロジーと信仰』(古谷圭一訳)、女子パウロ会、1987年。
・Jacob Viner [著] ; Jacques Melitz,Donald Winch編『キリスト教思想と経済社会』(久保芳和ほか訳)、嵯峨野書院、1981年。
・ジャック・エリュール『現代人は何を信ずべきか──「技術環境」時代と信仰』(伊藤晃訳)、春秋社、1989年。
・ジョン・B・カブ、Jr.『今からではもう遅すぎるか? 環境問題とキリスト教』(郷義孝訳)、ヨルダン社、1999年。
・東方敬信『神の国と経済倫理──キリスト教の生活世界をめざして』教文館、2001年。
・アジア社会問題研究所[編]『アジア諸国の宗教・社会と経済発展に関する調査研究』産業研究所、1993年。
・フェミニズム・宗教・平和の会[編]『フェミニズムから見た東アジアの経済発展と宗教』(奥田暁子、源淳子)、1990年。
・間瀬啓允『エコロジーと宗教』岩波書店、1996年。
・宮平望『現代アメリカ神学思想──平和・人権・環境の理念』新教出版社、2004年。
・宮平望『アメリカのエコロジー神学・プロセス神学・物語神学思想』西南学院大学学術研究所、2004年。
・芹川博通『現代人と宗教世界──脳死移植・環境問題・多元主義等を考える [増補版]』北樹出版、2009年。
・金子広行『キリスト教と環境破壊』文芸社、1999年。
・溝口次夫、リチャード・ワイスバード編著、高橋憲昭 [ほか] 著『環境と宗教 = Environment and religion』環境新聞社、2006年。
・国際クリスチャン教授協会編『宗教と新しい経済倫理』国際クリスチャン教授協会、1990年。
・小田信士『神と經濟の問題』基督教思想叢書刊行会、1935年。
・大谷順彦『この世の富に忠実に──キリスト教倫理と経済社会』すぐ書房、2002年。
・竹田純郎『モダンという時代──宗教と経済』法政大学出版局、2007年。
・島崎隆『現代を読むための哲学──宗教・文化・環境・生命・教育』創風社、2004年。
・梅津順一、諸田實編『近代西欧の宗教と経済──歴史的研究』同文舘出版、1996年。
・富坂キリスト教センター編『エコロジーとキリスト教』新教出版社、1993年。
・富坂キリスト教センター編『地球のみんなと生きる』新教出版社、1998年。
・武田武長『世のために存在する教会──戦争責任から環境責任まで』新教出版社、1995年。
・武田龍精『宗教と科学──仏教と環境=生命倫理、仏教とキリスト教との対話』龍谷大学仏教文化研究所、2005年。
・保坂俊司『宗教の経済思想』光文社、2006年。
・鈴木正崇編『大地と神々の共生──自然環境と宗教』昭和堂、1999年。
・上智大学神学会神学ダイジェスト編集委員会『環境倫理のための神学的枠組み (倫理神学特集--性の倫理を中心に)』神学ダイジェスト (104)、2008年。
・増田正勝『キリスト教経営思想──近代経営体制とドイツ・カトリシズム』森山書店、1999年。
・村田充八『技術社会と社会倫理―─キリスト教技術社会論序説』晃洋書房、1996年。
・八代斌助著、山口光朔編『信仰・公害・歴史──信徒のための神学』日本聖公会出版事業部、1971年。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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