西欧啓蒙主義イデオロギーと普遍主義

 西欧の啓蒙主義は、ポストモダンの思想的状況下で、これまで近代の典型的イデオロギーとして批判に晒されてきた。理性の普遍主義が認識論的に成立し得ないことは、ポストモダンと俗に言われる立場に立たない論者によっても、かなり認められていることと思われる。しかし、問題は、では「普遍」(あるいは「本質」)を論じることはあらゆる意味で無意味になったのかという点である。もしそうであるならば、歴史的文献や歴史的事例を論じる場合は別にして、現代人の思想的辞書からは、「普遍」や「本質」という用語を削除すべきかもそれない。それは可能あるいは有意味であろうか。実体論的意味での「宗教の本質」など規定できないとしても、宗教の「本質」を論じる別の仕方を理論的に突き詰めることが必要ではないのか。実際、理性の認識論的使用における普遍主義が没落しても、啓蒙主義のもう一つの柱である政治的な理想主義に関わる普遍主義については、別の議論が可能であり、そうした取り組みは決して皆無ではない(シャンタル・ムフのラディカル・デモクラシー構想を見よ)。
 この際にさらに問うべきは、この啓蒙主義の普遍主義イデオロギーの政治的内実と限界である。その点で、次の文献は重要な問題提起を行っている。これは、スラヴォイ・ジジェクの『ポストモダンの共産主義』(ちくま新書、186-207頁)で紹介・論評されており、それも参照。普遍性とは、例外・個別性との対立概念ではないこと(ハイチ革命における普遍的人間性の出来事化)、個別的特異な事象・出来事における普遍性というが問われていること、これは、キリスト教の、あるいはキリストの出来事の普遍性をいかなる意味で論じるのかにとっても、まさに本質的な意味を有している。

「バック=モースはここで、ポストモダンの詩的な多様性にきっちり反論する。そうした多様性は、多様な文化や体制によって引き起こされる、内在する暴力の同一性をおおい隠してしまうという。」(ジジェク、189頁)

Susan Buck-Morss,
Hegel, Haiti, and Universal History,
University of Pittsburgh Press, 2009.

Preface

Part One: Hegel and Haiti
Introduction to Part One
Hegel and Haiti

Part Two: Universal History
Introduction to Part Two
Universal History

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