FC2ブログ

ジジェク(2i)

9.構造とその出来事
 いよいよ本題に入るか。ユダヤ教とキリスト教との関係、偶像禁止。異教/ユダヤ教/キリスト教という図式。これはパウロのそれと合致するか。
 構造と出来事、これは現実への二つの視点。

・「〈構造〉とその〈出来事〉との関係が決定不可能であること」、「〈出来事〉は、構造の、共時的な象徴秩序の、不可能な〈現実界〉、すなわち、法的な〈秩序〉を生み出す暴力的な動きである」、「共時的構造の〈秩序〉は、それを基礎づける〈出来事〉に対するある種の防衛-編成であり、この〈出来事〉が明示されるのは神話的で幽霊的な物語のなかだけである。」(132)
 これはアガンベンの議論とどこが違うか。幽霊的な物語とは?
・「これとまったく反対の主張も可能」「〈出来事〉自体の地位」「は、結局のところ空想的なもの」(132)、「原初的な犯罪行為という〈出来事〉は二次的なものであり、共時的な敵対性/デッドロックを通時的な物語の展開に翻訳/置換するための遡及的な「投影」」、「かくして、円環は完璧に閉じられる」、「この〈出来事〉の物語は」「構造的/共時的〈秩序〉の内部にあってかつそれを弱体化させる敵対性/矛盾を解消するための空想に過ぎない」、「「時間をこえた」敵対性という不可能な〈現実界〉と、承認されてはいないが必要不可欠な幽霊的補足として機能する、原初的に抑圧された空想的な物語とを区別する必要があるのだ」
・「真正な行為は〈時間〉と〈永遠性〉とのあいだに存在する」、「「永遠性が時間に介入する」点、時間上の因果関係の連鎖が中断される点」「先行する連鎖の成果/結果として説明することが不可能なことが起こる点」(133)
 自由
・「原初的な決断/切断[Ent-Scheidung]」

・「ありうべきBからの非難に対してあらかじめ答えておく」、「そもそものはじめから、階級間の対立は閉め出されていたのだ。先制攻撃と置換という反省性にからめ取られながら」
・「「永遠性」」「時間制という次元を支え、切り開く〈出来事〉ないし〈切断〉に与えられた名前」(136)、「トラウマ」、「トラウマは「永遠」である」、「時間の内部において多様な痕跡を通じて触知するしかない〈出来事〉」、「〈永遠性〉とはむしろ、歴史的事実がみずからの一貫性を維持することがきるように排除されるものである」(137)
・「以上の考察がはらむ神学的な意味」、「キリスト教以前の宗教は「知恵」のレヴェルにとどまっている」「この世の物体の不完全性を強調し、快楽を節約するか」(137)、「時間的事実から逃避するか、のどちからを説いた」、「それと反対に、キリスト教は、死をまぬがれない-現世に生きる個人としてのキリストを差し出し、〈受肉〉という現世の〈出来事〉を信じることは永遠の真理と救いへつながる唯一の道であると主張する。まさにこの意味において、キリスト教は「〈愛〉の宗教」である。愛においてひとは」「この世での限りある対象をひとつ選び出す、すなわちそれに関心を集中する」(138)
 キリスト教とグノーシス主義との争点。

・「キリスト教は「よい知らせ」をもっている。真の〈改宗〉において、ひとは自分自身を「創り-かえる」ことができる。つまり、この行為を反復することができる。しかるに、永遠性自体を変える(その効果を無化する)ことができる、というよい知らせ」(138)

・「ユダヤ教とキリスト教」
・「ユダヤ教のパラドクスは、起源に位置する暴力的な〈出来事〉への忠誠を維持するために、あえてそれを告白しない、ということ」、「要するに、ユダヤ人は亡霊を放棄しなかったのだ」
・「キリスト教はつねに(〈父〉ではなく、〈神〉の子えあるキリストを殺すというずらされた形ではあるが)原初的な罪を告白できる状態にある」、「トラウマ的な衝撃/重圧をさらけ出し、それと折り合いをつけられるようなふりをするのである」(139)
・「精神分析は初期キリスト教とともにはじまった告白という言語形態をしめくくる最終段階であるというフーコーのテーゼ」
・「「死にきっていない」残余」「トラウマ」、「「生ける死者」」(140)、「精神分析の最終的な目標は、告白によるトラウマの安静化/飼い馴らしではない」(140)、「事実を受け入れることである」(141)
・「ユダヤ教は〈普遍主義〉のパラドクスを表している」「特殊性の染みに対する「強い愛着」によって、みずからの普遍的な次元を維持している」
・「代替不可能な/抑圧されたそれ固有の特殊な根から切り離されたとき、〈普遍的なもの〉は硬化し、生気のない、空虚で、抽象的な普遍的形式に変わってしまう。あるいは」「ユダヤ教は、抽象的な普遍性に関する主張のなかにその普遍性の覇権を成立させた特殊な内容を見出すというマルクス主義の標準的な方法」「をいわばアイロニカルに逆転している」(141)

・「〈法〉とその幽霊的分身との絡み合いが、聖パウロが「ローマ人への手紙」(七章七節)で非難しているもの、つまり、キリスト教的〈アガペー〉(隣人愛としての愛)の介入によって放棄することが可能になる」、「「〈法〉に対して死ぬ」」、「〈法〉とその起源に存する〈逸脱〉との悪循環という難問に対する解決」(142)
・「アガペーはエロースに対立する」、「真の〈アガペー〉とは、自然発生的な人間の善性をゆるやかに不要にしていくに近いのではないか」(143)
 波多野の愛論と比較せよ。

・「自由における二つの対立する側面」、「現実とのつながりを断ち切った純然たる内省的な否定性、自己への-引きこもりという「抽象的な」自由」、「他者を心から受け入れること、自分自身を自由な存在として、他者との関係のなかで自己実現をはたす存在として経験するという、「具体的な」自由」、「極端な利己的な収縮から無限の拡大への移行」(146)

・「ユダヤ人の宗教は〈神〉を本格的に「脱-擬人化」した最初のもの」、「ユダヤ教による偶像禁止の真の標的がそれ以前の異教ではなく、むしろ、それ自身における〈神〉の「擬人化」/「人格化」であるとしたら、どうだろうか。ユダヤ的宗教が禁じなければならない当の過剰性を、その宗教みずからが生み出しているとしたら、どうだろうか。異教的信仰においては、そのような禁止は無意味であったろう」(147)

・「ユダヤ的宗教は擬人主義の「抽象的/直接的な」否定にとどまっており、その意味では擬人主義につながっているし、まさにその直接的な否定という点において擬人主義に規定されている。しかし、その一方で、唯一キリスト教だけが偶像崇拝を実際に「止揚」している」
・「想像のレヴェルにおいては、人間は直接神をイメージして/神に似せて造られている」、「それとは反対に、キリスト教はもはやこの禁止を必要としていない。なぜなら、それは、顔-イメージはひとつの仮象(現れ)であることを知っているからである。〈神〉はどんな顔をしているのかという子供の質問に対して、ある司祭は感傷たっぷりにこう答えた。その子供が自費と善の光にあふれた顔に出会ったなら、それがいかなる人物の顔であろうと、彼は〈神〉の顔を見たことになるのだ、と」(148)
「いわば、現実の一片を、一瞬であれ知覚不可能な永遠性の輝きを放つものへと化体させる「仮象」においてである。どちらの場合も、その構造は仮象の構造、顔という知覚可能なイメージを通じて現れる崇高な次元の構造である」、「知覚を超えたものとは、仮想そのものである」
 象徴、第二度の指示とは何か。顔をめぐる現代思想。

・「厳密な意味での〈想像界〉と〈想像界〉「のようなもの」としての〈象徴界〉との差異」、「イメージによる欺きは、まさしく象徴的なものである」(149)

・「キリスト教的な〈神〉の「人間化」は、擬人化を通じて〈神〉を人間の空想の産物へ還元するようなことはいっさいしない、ということを哲学において示したのは、シェリングであった。」(150)
・「〈神〉と人間の関係に対して」、「「〈神〉はわれわれ」「からみて何を意味するのか、〈神〉はいまもなお何かを意味しているのか」「ということではない。そうではなく、それとは反対の問題、すなわち「人間は〈神〉の目からみて何を意味するのか」である」、「シェリング」「にとっての問題は、「人間の誕生は〈神〉の生にとっていかなる役割をはたすか、なぜ」「〈神〉は人間を造らねばならなかったのか」である」(151)、「人間が〈神〉と「似ている」からではない、人間が〈神〉の生の一部であるからだ。つまり、〈神〉が現実に生きた〈神〉になるのは、ただ人間においてのみ、ただ人間の歴史においてのみだからである」(152)
 シェリングの神話論が、超越的実在論であるという解釈(ティリッヒ)の意味をここから考えるとどうなるか。
 キリスト教の核心に関わる議論ではある。
スポンサーサイト



プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
08 | 2011/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR