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経済学の哲学

 伊藤邦武著『経済学の哲学 19世紀経済思想とラスキン』中公新書、が出版された。
 
 本ブログのテーマに直接関わる内容であり、ここに紹介を行いたい。まず、目次は次のようになっている。

まえがき
序章 忘れられた思想家──ラスキンの時代と生涯

第一章 ポリティカル・エコエコノミーの歴史
1 古代ギリシアの経済思想
2 アダム・スミスから
3 ジョン・スチュアート・ミルまで
4 功利主義とロマン主義

第二章 ラスキンの経済論
1 『この最後の者にも』
2 ミル批判
3 リカード批判
4 古代ギリシア的発想の復活

第三章 「きれいな空気と水と大地」の方へ
1 風景の真理と倫理
2 文化と気候変動
3 風景と時間──ラスキンとプルースト
4 深いエコロジーと名誉ある富

あとがき

関連年表
索引

 新書の形態ではあるが、注と索引が付されており、経済と環境という問題を考えるのに、行き届いた著作と言える。この著書で作者は、今日、「エコノミーの視点とエコロジーの視点」という「かなりかけ離れたものとなり、場合によってはかなり反撥しあう問題意識」とされる二つのものの関係を19世紀の「忘れられた思想家」ラスキンの「経済学批判」を通して、問い直すことが試みられている。それは、18世紀にアダム・スミスに始まり、19世紀に展開した古典的な功利主義的経済理論(「富の追求」)に対して、「きれいな空気と水と大地」「名誉ある富」を対峙させたラスキンを介することによって、「エコノミーとエコロジーの関係」という問題の原型を明らかにし、現代的な問いへ、また価値一般へと哲学的思索を進める方向を追求するという問題設定である。
 環境論と社会科学との密接な関わり、これは現代の環境論のポイントであり、キリスト教思想との関連で環境論を論じる際の重要な論点にほかならない。本ブログでは、この問題を、キリスト教自然神学として展開することを目指しており、さらに東アジアの文脈が意識されている。この著作は、まさに本ブログの研究に大きな刺激を与えるものである。ここで、自然神学をもちだすことは決して恣意的な判断ではない。

 たとえば、この著作で詳細に検討されるラスキンの思想は、19世紀のイギリスにおける自然神学の文脈に位置づけることが可能であって、実際、わたくしが共訳者として翻訳し出版された、マクグラス『「自然」を神学する キリスト教自然神学の新展開』(教文館)では、ラスキンが、自然神学の文脈において繰り返し取り上げられている。

 また、この著作でラスキンの経済論と対峙する仕方で描かれる古典的なポリティカル・エコノミーの思想系譜に属するアダム・スミスに関しても、その経済理論・道徳哲学の関連で自然神学が問題化するのである。この点については、たとえば、田中正司著『アダム・スミスの自然神学 啓蒙の社会科学の形成母体』(御茶の水書房)を参照。

 したがって、経済、環境、自然神学という連関は、探究すべき一つの研究領域を形成しうるものなのである。
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プロフィール

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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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