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ジジェク(3d)

3 <現実的なもの>という逸脱

「ニューエージ、ポストモダン、資本主義、グノーシス主義、異教、カーニヴァル」

「ユダヤ教、キリスト教、マルクス主義、ラカン、法と愛、脆弱なる絶対、ランシエール」

ジジェクの三位一体の扱いなどは、きわめて「キリスト教的」とも言える。

・「あなたを超えた、わたしの愛する何か、対象a」、「あなたの存在の現実的な核を取り出すことをめざす、<現実的なもの>への破壊的な情熱を定式化したている。<他者>の欲望との出会いにおいて感じる不安は、この情熱によるものである」、「<他者>の享楽に捕らわれることが、本当の不安なのである」(91)
・「<他者>の欲望」「が成長するのは、<他者>が計り知れない深淵として存在するかぎりのいてである。それに対し、<他者>の享楽は、<他者>が息苦しいまでに過剰に接近している状態を示している」(93)
・「<現実的なもの>という過剰、イメージのなかにあってイメージを超えたものの恐ろしい深淵に対処する方法」「それと直接向かい合うか、あるいは、それとのあいだに象徴秩序という媒介を置くか」(95)
・「現実の化けの皮をはがしていったときにその代償として出てくる、極度に暴力性をもった<現実的なもの>」「を直接経験すること」(96)
・「<現実的なもの>にアプローチするには、もうひとつの方法がある」、「純化するという側面と差し引くという側面」(97)、「純化は、<現実的なもの>の核を取り出すために、皮の部分を暴力的にはぎ取ろうとする。それとは対照的に、差し引くとは、<空無>から、あらゆる明確な内容を還元する」「ことから出発し、そのうえで、<空無>と<空無>の代役として機能する要素とのあいだの必要最小限の差違を確定しようとする」(97-98)
・「ジャック・ランシエール」「社会組織のなかに固定された場所をもたない、排除された者である彼らは、みずからを<社会全体>の、真の<普遍性>の代理人、代表として提示したのである」、「部分ならぬ部分」(98)、「政治とは本来、つねに、<普遍>と<特殊>とのある種の短絡を含んでいる。つまり、それは、「普遍的かつ単独的なもの」というパラドクス」、「非-部分と<全体>とのこの同一性」、「あらゆる偉大な民主主義的出来事のなかに認められる」(99)
・「ラクラウとムフの用語でいえば、この「定数外」要素は、差異からに滴定関係への移行とともに現れる」
・「純化から差し引くことへの移行は、カントからヘーゲルへの移行ではないのか」、「非概念としての現実とは、概念の自己発展が矛盾に陥り、自明なものではなくなったときに
現れる何かである」、「要するに、ここでは、限界は外部から内部に移されている」(100)
・「ラカンのいう<現実的なもの>──<モノ>──は、象徴空間を「曲げる」(象徴空間にギャップと矛盾を導入する)不活発な存在ではなく、むしろ、こうしたギャップや矛盾の効果なのである」(101)、「怪物のような<神>」「この種の<現実的なもの>の概念に対しては」「ラカンのいう<現実的なもの>は」「変動する象徴体系の中心にある「深層の」「真の」焦点あるいは「ブラックホール」でもない。それはむしろ、あらゆる<中心>につねにずれ生じさせる。あらゆる<中心>を失わせる原因としての障害である」、「われわれが永遠に把握することのできない<モノ>の深淵ではないし、<現実的なもの>の象徴化をことごとく不完全にし、不適当なものにする<モノ>の深淵でもない」、「不可視の障害、ゆがみを生じさせるスクリーンとして、われわれと外的な現実との接触をつねに「虚偽的なものに変える」のである」、「それによってあらゆる象徴化は的はずれのものになる」(102)、
・「ヴェールに隠された恐ろしい<モノ>という考え方自体が、<現実的なもの>を隠蔽する究極のヴェールであるとしたら」(103)

・「<現実的なもの>は<象徴的なもの>の外部にあるのではない」、「名付けえぬものは、厳密に、言語そのものに内在しているのではある」(106)、「<名付けえぬもの>は言語の効果である」、「言語は現実に穴を開ける」(107)

・「タナトスという宇宙的原理を導入すること」「は、多くのひとにとって受け入れがたい、耐えがたいトラウマ的な事実」「に名前を付けることではなく、真のトラウマを隠蔽する試みなのである」、「実際はトラウマを飼い馴らしているのだ」、「フロイトは、異教の知恵に退行するのである」(108)
・「ファルスというシニフィアンは」「母の欲望という不可解な空間を指示しているだけなのだ」(109)、「あらゆる意味作用のシステムは、そのような過剰な逆説的要素を、意味作用のシステムをのがれる謎の代理なるものを、必然的に抱え込むのである」(110)

・「いかに欲望すべきか本当に分かっている女など存在しない、ということである。そのような女が存在するとすれば、それは、ラカンのいう<女>、すなわち、存在しない女なるもの、あくまで空想として存在する女である」(111)

・「根源的な仮想的なものによって生み出される<現実的なもの>なのだ」、「現実と<現実的なもの>とのあいだのギャップ」(116)
・「<現実的なもの>とは、直接経験できない<モノ>であり、同時に、この直接的な接触をさまたげる障害でもある。つまり、それは、われわれの手をのがれる<モノ>であり、同時に、われわれと<モノ>との出会いを失敗させる、ひずみを生み出すスクリーンでもあるのだ」、「<現実的なもの>とは」「第一の立場から第二の立場への移行そのものである」(117)

・「キリスト教的な経験の核心」「われわれを<神>との結合にもたらすのは、人間と<神>との根源的な分離にほかならない。というのも、キリストという形態において、<神>は、完全に自己から乖離しているからである。したがって、ポイントは、われわれと<神>を隔てるギャップを「克服する」ことではなく、いかにこそギャップが<神>自身に内在するものであるか」「を認識することである」(118)

・「「真実」とは、事物の「真の」状態ではない。つまり、遠近法的ゆがみを生じさせる敵対関係という<現実的なもの>そのものである」(119)、「遠近法的視点と別の遠近法的視点を分かつギャップ、隙間であり、二つの遠近法的視点を根源的に通約不可能にしているギャップ」、「遠近法のゆがみという真実」、「真実とはひとつの遠近法である」、「相対主義を意味するものではない。この二つの観点は、ともに、完全に肯定されなければならない」(120)

・「より正確にいえば、「<モノ>それ自体」とは、キリストが人間になりきることを妨げている裂け目/ギャップにほかならない」、「これは、キリストが、単独的な普遍であることを意味する」、「社会体制において固有の場所をもたない者が、人間性そのもの、人間性の普遍的側面を表すのと同じことである」、「これは、キリストが「人間」の部分と「神」の部分に分けれている、ということを意味しない。差し引くことの論理においてわれわれが出会う極小の差異は、二つの部分の差異ではなく、ひつつの実体のもつ二つの側面」「二つの遠近法的視点」「のあいだの差異である。これは、ひとつの実体がもつ自己差異である」、「この二者、人間と超人を分けているのは、たんある、遠近法のきりかえなのだ」(122)
・「キリストの犠牲的行為と、無神論者による、犠牲を必要としない生の肯定とを分かつのは、微妙なニュアンスだけ、感知できないほど繊細な、遠近法的視点のきりかえだけなのだ。したがって、これこそは、純粋化から差し引くことへのこの移行こそは、ユダヤ教からキリスト教への移行において起こっていることのすべてであるといえるだろう」、「ニーチェの運命愛」「<十字架>上の死は永遠の生の勝利であるというキリストのメッセージに、不気味なほど近づいているのではないか」、「聖パウロの神学において鍵となるのは、反復である。すなわち、アダムの贖罪的な反復としてのキリストである」(123)

・「ヘーゲルは、真の普遍性は、<悟性>という抽象的視点からみれば、<普遍>の完成の妨げにしかみえない具体的な規定をうけるなかで実現される、と力説する」(124)
・「真の思弁的な意味は、あくまで、読みの反復を通じて、最初の「まちがった」読みの効果(副産物)として現れるのだ」、「近代<国家>がその合理的統一性に到達するためには、革命による<恐怖政治>という戦慄を経験するしかない」(127)

・「われわれは<堕落>の後遺症をなくすことによって<堕落>から復活するのではない。待ち望まれた解放がすでに<堕落>自体に備わっていることを認識することによって、復活するのである」(130)
・「グノーシス主義とキリスト教の対立」、「グノーシス主義における<堕落>は、純粋な精神的次元から不活性な物質世界への<堕落>であり、その概念によれば、われわれは、失われたふるさととしての精神世界へ懸命に回帰しようとする。それに対し、キリスト教における<堕落>は、実際には<堕落>ではない。それは、「それ自体において」<堕落>の反対物であり、自由の出現である」、「<堕落>以前には、おろかな、自然の存在がいたにすぎない。したがって、なすべきことは、以前の「高次の」存在に回帰することではなく、この世界のなかでわれわれの生を変容させることである」(130)
・「<救い>とは、<堕落>への行程を逆行することではなく、<堕落>そのものに<救い>を見いだすことである」、「<堕落>」と誤認する眼差し」、「一方から他方に移行する際に変化するのは、視点だけなのである」、「思弁的判断は、二度読まれなければならない。つまり、思弁的判断の真理を得るためには、別の判断を参照しなければならない。われわれは、同じひとつの判断を、そこにみずからの言表行為の立場を含み入れながら再読するべきなのだ」(131)
・「普遍性が本当の意味で具体的になるのは、この瞬間においてほかない。すなわち、抽象的な容器としての普遍性と具体のあいだの距離が失われ、普遍が、みずからの枠のなかに入る瞬間においてほかにないのだ。アダムとキリストの関係もまた、「否定」と「否定の否定」との関係である」(132)
・「キリスト教とヘーゲルは、両方とも、われわれと<絶対的なもの>とを隔てるギャップを<絶対的なもの>として位置づけている。キリスト教でいえば、人間と<神>を隔てるギャップは、キリストと<神-父親>とのギャップとして<神>自身のなかに位置づけられる」、「そのことは、われわれはマニ教的二元論に退行することなく、<悪>の積極的な力を認識しなければならない、ということを意味している。この認識の唯一の方法は、シェリングによって展開される。<悪>は、<善>、すなわち<悪>と対立する積極的な力と「実質的に」」異なるものではない。<悪>とは、<善>と実質的に同じものであり、<善>がまとう別の様態(別の視点から見られた<善>)なのである。キルケゴール流にいえば、<悪>とは、「生成過程にある」<善>なのである」(133)
・「<神>は存在する。<神>は善良で、われわれの要望に応えてくれる。ただ、いかんせん、<神>がわれわれの願いをよく聞かず、それをよく誤解するために、悪が出現したり、われわれが不幸いんある、というわけだ」(134)
・「キリスト教的な同一化のかたち」「それh、最終的には失敗との同一化なのである」「同一化の対象は<神>なのだから、ここでは、<神>自身が失敗することがしめされねばならない、と」、「われわれは、みずからの失敗において、まさに神の失敗と同一化する」(135)

・「このカーニヴァル的な転倒を、「わたしが弱いのは、<神>の力を見やすくするためである」といった言葉と同列に理解してはならない。この転倒がいっているのは、ばかにされ、笑いものにされたわたし、自分の弱さをさらし、嘲笑の的になったわたしは、同じくばかにされ、笑いものにされたキリスト──威厳や尊厳をすっかり奪われた、究極の聖なる<愚か者>キリスト──と同一化する、ということなのだ。パウロの考えでは、偽使徒たちは強者であり、自分たちのことをえないと考えている」、「このパウロの姿勢を、バフチンのいうような既存の権威のカーニヴァル的逆転と同一視することは、まちがいである。後者の考え方は、根本的に異教的である。階層的な権力関係は、<モノの秩序>の自然の均衡を壊しているゆえに脆弱である、したがって、権威は、おそかれはやかれ無に帰する──後者の依拠する明察は、これである」(137)

・「われわれが<神>と同一であるのは、あくまで、<神>が<神>自身と同一ではなく、自己とを放棄したとき、つまり、<神>とわれわれとを隔てる根源的な距離が、<神>そのものに「内在化」されたときである。<神>からの分離という根源的経験は、まさに<神>とわれわれをひとつにする要素なのだ。ただし、そういえるのは、われわれはおすした経験を通じてはじめて、<神>の根源的な<他者性>と正面から向き合うことになる、というありふれた神秘主義的な意味においてではない。屈辱と苦痛は、唯一の超越論的な感情であるというカントの主張と同じ意味においてである。わたしは神の至福と同一化できるという考えは、ばかげている。わたしは、<神>からの分離という無限の痛みを経験してはじめて、<神>自身(<磔>になったキリスト)と経験を共有することができるのだ」(138)
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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