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ジジェク(3e)

4 法から愛へ……そしてまた法へ
シュミット、アガンベン、バディウ、ジジェク、共通項は何か、また差異は。法と例外、あるいは愛、そして、パウロ。

・「「ヒッグス場」」「無よりも少ないエネルギーをもった何か」(140)
・「涅槃原則(生のあらゆる緊張の消滅、原初的な無への回帰)」「を超えて、涅槃原則に逆らって、持続し現存する緊張」、「死を超えて存続する幽霊的な生という次元」(141)

・ 「あらゆる超越的な<大義>に対する<生>の肯定」「人生を「生きるに値する」ものにするのは、人生における過剰にほかならない。つまり、それは、人生には、命を賭ける価値をもった何かが存在する、という意識である」、「このように命を賭ける覚悟ができてはじめて、われわれは本当の意味で生きているのだ」(143)

・「生存第一主義という「ポスト形而上学的」な立場に立つ<最後の人間>」「死刑廃止論の高まり」、「この死刑廃止論を影で支えている「生政治学」」「「われわれが痛みもなく、安全に──そして退屈に──生きる管理された世界」、つまり、公式目標──長く愉快な人生──のために本物の快楽(喫煙、ドラッグ、食べ物……)がことごとく禁止され、きびしく管理される世界に行き着くことになる」」、「有害成分を抜き取られた製品」「カフェイン抜きコーヒー」「アルコール抜きビール」(144)、「<他者性>なき<他者>」、「ヴァーチャル・リアリティは、実質を欠いた製品を生み出すこうした手続きを一般法則化したものである。それは、実質を奪われた現実そのもの、<現実的なもの>という固い、抵抗力をもった核を奪われた現実そのもの」、「現実ではないのに、現実として経験される」(145)

・「生そのもののある種の原初的な過剰性ないし超過性を主張することは決定的に重要である。人間の生は、みずからの枠にぴったり収まるものではない、十全に生きることは、生からはみ出ることを意味するのであり、生を病的に否定することは生そのものの否定ではなく、この過剰性の否定なのである」、「二つの過剰性」(148)

・「平時と一致した非常時」(148)、「ある種の恒常的な緊急事態」、「国家が必要に応じて興奮状態のレヴェルを管理するための戦略」、「国家がわれわれにの対する管理を主張するのは、まさに、こうした恒常的な緊急事態を通じてなのである」(149)

・「人間的世界の特徴は、生者と死者の関係がもつ複雑さにある」(150)、「「死んではいないもの」というカテゴリー」「それは、生きてはいないにもかかわらず死んでもいないといった状態でわれわれに取り憑き続ける者たちである。死者が回帰するのを止めるにはどうしたらよいのか。死者をしかるべく眠らせておくにはどうしたらよいのか」、「儀式を通じて、ひとは死者に敬意を表するわけだが、それは、死者が回帰して自分に取り憑くのを防ぐためでもあるのだ。喪の作業におけるこの両面性」(151)

・「キリストは、行き過ぎともいえる相互受動性の身振りのなかで、究極の受動的経験としての死を、われわれの代わりに引き受けたのではなかったか」、「キリストは、はりつけにされて死ぬとき、みずからの<来るべき復活>について知っていたのだろうか。知っていたとすれば、<磔刑>は完全な遊び、究極の神聖喜劇となる」、「もし知らなかったとしたら、キリストはいかなる意味で(<神>と同じく)神的な存在だったのか」(152)、「「イエス・キリストの信仰」という言葉のあいまいさ」、「この「の」は、主格にも目的格にも読むことができる」、「われわれに求められているのは、キリストの神性そのものを信じることではなく、キリストの信仰、彼の罪のない純粋さを信じることであるからだ。キリスト教が提示するのは、われわれにとって、信じていると想定された主体として存在するキリストである」(153)
・「真のキリストの模倣」「は、キリストの懐疑と不信仰に参加することであるといえるかもしれない」、「キリストの死が罪とどうか関わるかについては、主に解釈が二つある。犠牲論的解釈と参加論的解釈」、「われわれの身代わりとなって死ぬ犠牲者として」(154)、「洗礼において、信者はキリストともに死ぬ」「罪から解放された新しい人間となる」(155)、「理論上は、もちろん、参加論的読解が正しい」、「しかし参加論的読解に至るためには、犠牲論的読解を経なければならない、つまり後者の克服を経なければならない」 、「<法>(象徴的交換、罪とその償い、罪とその代償)の地平の内部において、キリストの死は、<法>の最終的な肯定として、すなあち、<法>の臣下であるわれわれに罪を、返報しえない負い目を課する絶対的な超自我的審級に<法>を高めることとして、現れざるをえないのだ」(156)

・「パウロが言うように<法>自体が<法>を破る欲望を生み出すものである以上、禁止から命令へのこの逆転は、禁止のなかにすでに含まれているものを単に敷衍するだけの、厳密な意味で同義反復的な身振りである」、「超自我は、明確な内容をもったあらゆる命令を、二つの相補的な、ただし非対称的な部分に分裂させる。たとえば、「あなたは殺してはいけない」は、「あなたはしてはいけない」という形式的に未決定な命令と、「殺せ!」という猥褻な、あからさまな命令とに分裂する」、「要するに、さく陣は、不可解で抽象的な超自我の命令に対する自暴自棄の反応なのである」(158)、「この<法>は、<メタ-法>、実定的な法的命令が宙づりにされる緊急事態としての<法>、「純粋な」<法>である。すなわち、命令/禁止「そのもの」の形式、いっさいの内容を欠いた<命令>という言表行為である」、「スターリン主義体制」(159)

・「問題(とうに、ジョルジョ・アガンベンにとっての問題)は、われわれは(ともかくも)いかにして、超自我による<法>の誇張性から厳密な意味での愛へと移行できるのか、ということである」(161)、「『残された時間』」(162)、「その見え見えの形式主義」「アガンベンがメシア的経験として記述しているものは、ベンヤミンがパウロを「反復」しているという主張を生み出すような、特定の規定をまったく受けつけない経験がもつ順形式的な構造なのだ」、「アガンベンが暗黙の標的としているのは、バディウのパウロ論である」(163)

・「<残余>とは、類そのものを具現している過剰な要素以外の何ものでもない」、「メシア的次元は」「ゆるぎない中立的な普遍性ではなく、それぞれの特殊な要素がかかえこむ自己分裂である」、「ラクラウとランシエールが論じているように、本来的な意味での民主主義の主体は、「残余」である」、「それ自身に固有の、特定の場所を占めることができないこうした主体は、普遍性そのものを具現している。根源的な政治的普遍性」「と、例外に基礎づけられた普遍性」「を対置したとき」「ポイントは、根源的普遍性を作動させる単独的な要因は、<残余>そのものである、しなわち、例外に基礎づけられた「公式の」普遍性のなかに固有の場所をもたないものである、ということだ」(164)、「排除されたものたち」、「パウロ的普遍性は、特殊な内容を容れる空虚で中立的な容器としての沈黙した普遍性ではなく、「戦う普遍性」、特殊の内容全体を貫通する根源的な分割というかたちとなって現れる普遍性である」(165)
・「<法>そのものと<法>を超えた<愛>とを分かつ極小の、不可視の差異の時間」(166)
・「アガンベンは、パウロの有名な教説に出てくる、「ないかのように」の立場に注目する」、「社会的義務の領域から逃避してはならない」「宙吊りの戦略」「を通じて社会的義務の世界に関与し続けるのだ、と」(167)

・「世事に対する無関心を強要する<東洋の知恵>とは関係ない。両者の差異として重要なのは、以下の点である。パウロにおける距離は、世俗的な情熱のむなしさを自覚した達観者が世俗に対してとる距離ではない。それは、おのれの闘争にとって意味にない社会区分にはいっさい目もくれずに徹底的に世界と関わり合う戦士がもたらす距離である」(168)
・「意義深いのは、アガンベンがここで、カール・シュミットの「例外状態」という概念にも言及していることである。その概念は、法の破壊としての法の否定ではなく、法を創設する身振りとしての法の否定を意味している。しかし、問題が残る。パウロ的愛は、この<法>の創設という意味での<法>の宙吊りに還元できるものなのか、という問題が」(169)
・「ユダヤ的-パウロ的「緊急状態」、すなわち、生活への「正常な」没入が中断される状態と、日常の道徳規範や階層秩序が宙吊りになり、境界侵犯が促進されるバフチン的なカーニヴァル的「例外状態」とを区別することである。両者は対立しているのだ」、「われわれは<法>に対する猥褻なリビドーの供給を、<法>がみずからの侵犯を生み出す/要求する差異の原因であるこの供給を、中断しなければならない、ということを意味している」(170)、「<法>はその「正常な」機能において、みずからの存立に「付随する代償」として<法>自身の侵犯/過剰(コリント書においてみごとに記述されている、<法>と罪の悪循環)を生み出す。それに対し、ユダヤ教およびキリスト教においては、この過剰そのものが直接われわれに訴えかけるのである」(171)。
・「二つの選択肢」、「<法>に対する<愛>の過剰性は、超自我的<法>、つまり確定された法を超えた<法>がおもてに現れる際にとる形態なのか。それとも、過剰な超自我の<法>は、<法>を超えた次元が<法>の領域の内部に現れた<愛>から<法>を超えた<愛>への」「ステップがきわめて重要になるのだろうか」(171)
「愛においても、私は無なのである。しかし、それはいわば、無であることを謙虚に自覚した<無>であり、欠如の意識そのものによって逆説的に豊かになる<無>なのである。欠如を抱えた、弱い存在だけが愛する力をもつ──要するに、愛の究極の神秘は、不完全のほうがある意味で完全よりも高い地位にあるということなのだ」(173)、「愛は、不可解ではあるが、完成された知識よりも地位が高いのである。キリスト教の真の功績はおそらく、愛する(不完全な)<存在>を<神>の──究極の完成体の──地位にまで高めたことである。これがキリスト教的経験の核である」、「われわれが<現実的な他者>(<他者>の<現実界>)に到達できるのは、あくまで愛によってなのである」(174)
・「愛は「女性的」であり、<すべて-ではない not-All>のパラドクスをともなっている」「バディウの聖パウロ論」、「「罪」はまさに、<法>を支える例外なのである。これが意味するのは、愛は単に<法>を超えたものではなく、<法>への完全な没入を旨とする立場として現れる、ということである」(175)

・「法と、パウロを恩寵へと導く神的な愛とのあいだのこの根源的な対立をもっとも熱心に支持したのは、ブルトマンのようなルター派の神学者たちである」(177)

・「<神>をめぐる奇妙な、倒錯した観念」「<神>は<救い>の必然性を生み出すためにまずわれわれを<罪>におとしいれ、そのあとみずからを<救済者>として提示し、<神>自身がもたらした困難な状況からわれわれを救い出すのではない。<堕落>あとに<贖罪>が来るわけではないのだ。<堕落>と<贖罪>は同じものであり、<堕落>は「それ自体で」すでに<贖罪>なのである」、「贖罪とは」「自由の爆発的な発生であり、自然にとらわれたままの状態からの断絶である。そして、これこそがまさに<堕落>において起こることなのだ」、「<堕落>というキリスト教的概念の中心にある緊張」、「<堕落>(自然状態への、情念に捕らわれた状態への「退行」)は、堕落以前のわれわれに留まっていた次元と厳密な意味で一致する。<堕落>において失われるものは、<堕落>の動きそのものによって生み出される」(178)

・「キリスト教による<法>の中断、すなわち<法>から愛への移行と、異教による社会的法の中断とを分かつ根源的なギャップ」(179)

・「キリスト教の神秘主義者たちは、異教の神秘体験に接近しすぎるあまり、<法>をめぐるユダヤ的体験を回避してしまうことがある」、「キリスト教における反ユダヤ主義は、実質的には、キリスト教的な姿勢が異教に退行したことの明白な証拠である」、「ユダヤ的<法>という媒介を失っているときのキリスト教は、<愛>を宇宙との一体感という異教的な「宇宙的感覚」に還元してしまっており、そのためキリスト教の特性である<愛>そのものを失っている。<愛>は距離を必要とし、差異によって成長し、境界線の消滅や<一体感>への没入とはいっさい無縁である、というキリスト教特有の<愛>の観念は、ユダヤ的<法>を参照することによってはじめて支えられる。(そして、ユダヤ教的経験の内部においては、愛はこの異教のレヴェルに留まっている。つまり、ユダヤ的経験は、新しい<法>と異教的愛との特異な結合であり、これによってユダヤ的経験はその内部に緊張をはらむことになる)」(180)

・「聖なるものが経験されるときには、そうした<倫理的なもの>の中断がかならず起こるの。そして、この(常識に対する、象徴的統合に対する)外在性は、単なる外在性であるどころか、われわれを内側から拘束している」、「官僚組織」「現実的な核というレヴェルにおいて主体に語りかける際に手にしている猥褻な享楽」(181)
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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