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宗教倫理学会学術大会

 宗教倫理学会の第12回学術大会が、昨日(10月22日)、JR京都駅の南側の龍谷大学アバンティ響都ホールで開催された。統一テーマは、「スピリチュアルケア、グリーフケア」で、午前中に6人の個人研究発表、午後に公開講演会とシンポジウムという内容でした。個人研究発表を含め、スピリチュアル・痛み・ケアという問題をめぐり様々な角度から討論がなされたという全体の印象です。宗教倫理学会にふさわしい内容であり、それぞれの発表も充実していたと思います。

 午後の公開講演は、「スピリチュアルケア ~生きる意味への援助~」という題目で、この分野で著名な村田久行氏(京都ノートルダム女子大学)を迎えて、行われましたが、学会員のほかに一般の参会者の姿も見られ、多くの人が感銘を受けたのではないでしょうか。この講演を聴きながら様々なことを考えましたが、今後、自分の思索において追求したいものとして次の問題があります。

・スピリチュアルとは。この講演では、「生きる意味」「存在の意味」という言葉が一つのキイワードになっていましたが、すぐに連想されるのは、有名なティリッヒのCourage to Beという用語です(実際、これは、邦訳では、生きる勇気、存在への勇気という訳語で訳されており、意味もティリッヒのよく使用する言葉です)ですが、この点からさらに考えれば、スピリチュアルとは「深みの次元」という解することができるように思われます。日常性においては、隠れており意識されない、しかし、他の諸次元の「深み」として絶えず存在している、それが危機的な状況などにおいては、顕在化する、ということであり、村田先生の講演では、スピリチュアルの説明として「気力」という言葉が挙げられたが、深みの次元を作用という点で見れば、「生きる力」の充実という仕方でつながってくる。ティリッヒ的には、「存在の力」「存在の勇気」となる。

・村田先生の人間理解は、時間、関係(他者)、自律の三つの次元において構成されており、村田先生は、これをフッサールの現象学とハイデッガーに言及しつつ説明された(講演では、こうした哲学的説明がメインというよりも、実際の症例・聞き取りに即した分析にこそ説得性があったと言えるが)。時間、関係、自律とは、おそらくさらに洗練された議論へと典型可能と思われる。手がかりは、ハイデッガーのほかに、フランクル、ティリッヒ、そして波多野など、すぐに何人かの思想家が浮かんでくる。存在は時間であり(ハイデッガー、波多野)、将来は他者である(波多野)。世界・関係と自己・自律は相関的な基礎的存在構造を形成する(ティリッヒ、ハイデッガー)。これらは分節されると三つの次元に分かれ、それに即した分析がなされるが、そこには統一的な連関が存在する。

・村田先生は、宗教的用語(狭義の)をできるだけ用いずに、臨床の場に即した表現を行っているが、随所に宗教的な事柄(広義の。深みの次元とはこの点に関わる)との密接な関わりが見られた。おそらく改めて問われるのは、ケアの現場において宗教(狭義の)とはいかなる意味を有するのかということであろう。日本の医療において宗教は場を持ちうるのか。ひとつのヒントは、援助者を援助する、援助者自身が自らの死生観を自覚する必要があるという点にある。援助者を援助すること、援助者の死生観を支えることは、学問と教育、そして行政といった公的な仕方で確保されるだけでなく、伝統を形成し現代に至っている宗教がなし得ることでもあるように思われる。アメリカの医療はその一つの形かもしれない。

・ケアの問題は制度・システムの問題に連関し、近代的な教育・医療・福祉は、産業社会・資本主義というシステムの形成の中で生み出され、その効率性・有用性・目的手段の枠が、スピリチュアルケアを困難にしている。この制度を転換すること、ケアは単なる業務ではなく、患者との関わりを商品的価値として市場化という発想は転換を必要としている。ここまではわかるとして、ではシステムを転換するものは何か、システムの転換は別のシステムへの移行にすぎないとすれば、どうなるか、といった点が問題化する。非日常的な事柄と日常性が単純な二項対立ではないという事態がここにも現れている。

・現代社会では(たとえば日本)、近代の産業化に形成されたシステムが制度疲労に陥り、変化しつつある。工場労働からサービス業へという変化は、農業から工業へという近代のプロセスを、さらにその先へと流動化させつつある。とすれば、そのプロセスの中で、スピリチュアルケアとはいかにあり得るのか。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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