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森田雄三郎(1)

 森田雄三郎先生は、1980年代に、京都大学キリスト教学で非常勤講師として先生が担当された特殊講義に出席した者の一人として、わたくしの学問上の恩師の一人である。現在も、先生の研究は、ことあるごとに参照させていただいており、未だ先生の著書からは、様々な刺激を受けて続けている。
 わたくしが、受講した森田先生の研究は、先生の逝去後に編集された『現代神学はどこへ行くか』(教文館、2005年)の第二部に所収された諸論文に対応するものである。この論文集の内容については、以前にわたくしが書いた書評を参照いただきたい。https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihonnoshingaku1962/2006/45/2006_45_193/_article/-char/ja/

 この書評でも書いたことであるが、森田先生の研究は、大きく次の三つの時期に分けることができるように思われる。
・第一は、『キリスト教の近代性』(創文社、1972年)に集大成される諸研究であり、トレルチ、バルト、ブルトマン、ティリッヒといった19世紀末から20世紀前半のプロテスタント思想家と、そこにいたる19世紀にキリスト教思想家についての諸論考である。ここの思想家についての議論はそれぞれ現在でも参照すべき内容のものであるが、この著作は、近代のキリスト教を、歴史的個体思想の形成と発展という視点から統一的に捉えたものであり、まさに「キリスト教の近代性」の核心に迫る業績である。詳細は、次回、改めて取り上げた。

・第二は、近代から同時代の現代への研究対象の拡張の時期であり、『現代神学はどこへ行くか』の第一部と第二部の諸論考がその主要な成果である。森田先生は、同時代のキリスト教思想(バルトとティリッヒ以降のプロテスタント思想)を、、「解釈学としての神学」(ポスト・ブルトマン学派)、「歴史の神学」「科学論の神学」(パネンベルク)、「希望の神学」(モルトマン)、「プロセス神学」という仕方で整理し、ともすれば分裂・解体に向かう思想動向に全体的な見取り図を与える試みを行い、その中で、自らの思想形成を模索していた。テーマは、「キリスト教の現代性」とでも言うべきであろうか。

・第三は、晩年に取り組んだ、ユダヤ神秘思想研究の時期である。この第三の時期がそれ以前の研究の中からいかに顕在化し、それ以前の思索とどのように関連するかについては、解明を要する問題があるが、1987年の「現代神学の動向」あたりを境にして、思索はユダヤ思想へ転回してゆく。いくつかの諸論文が公にされ、『現代神学はどこへ行くか』の第三部に収録されている。しかし、森田先生のユダヤ神秘思想研究は、十分な全貌を顕わにすることなく、いわば未完のものにとどまったと言うべきであろう。したがって、その研究が目指していたものが何であったかについては、さらに検討が必要ではあるが、「キリスト教の根源」が問われていたと言うことは可能であろうか。

 森田先生の以上概観した諸研究は、次の世代に残された重要な知的遺産であり、同様のテーマを研究する者にとっては、無視することは許されない、無関心でいることにもったいない、ものと思われる。本ブログは、まず森田先生を取り上げたのは、こうした趣旨からである。次回は、森田先生の『キリスト教の近代性』をやや詳し目に紹介することにしよう。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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