FC2ブログ

日食と時間

 本日は、日本中が金環日食に注目する中で始まった。京都は天候に恵まれ、わたくしも、天文ファンの一人として、金環になった瞬間はテレビの中継で、その前後の部分日食は自分の目で確かめることできた。皆さんはいかがでしたか。日本においてこの規模での金環日食が見られるのは、およそ900年ぶりとのことであったが、自然現象はその大きな時間尺度で、われわれ人間の時間に交差することを感じさせられた。一年前の大震災しかり、今回の日食しかり。人間は自分たちの文明の時間尺度について考え直す機会かもしれない。環境危機も世代を超えた感性が共有される点で、同様の側面を持っている。

 その点で、キリスト教をはじめ、長い伝統を有する宗教について考えていると、しばしば長い時間尺度の存在を自覚させられことがある。イエスの宗教運動から2000年、ローマ帝国におけるキリスト教の公認・国教化より1700年、そして宗教改革からでも500年。数百年単位での歴史的動向が問題になるのが、宗教の世界の一面である(他面、刻々と急速に変動する現象も含む)。

 また、聖書あるいはキリスト教は日食とも様々な点で関わっている。「太陽が暗くなる」は黙示文学に登場する表現であり、また古代イスラエルの歴史的出来事の年代決定も日食と密接な関係にある。古代バビロニアにまで遡る天体観測は、古代帝国・民族の文献にその記録を残しており、それは、現代から遡って計算することによって絶対年代を確定する資料となる。この絶対年代との相対的連関によって、古代イスラエルの出来事の年代もかなり正確な把握が可能になる場合がある。日食は神秘的な現象として、人類の宗教史にも痕跡を残し、そして現代の研究にも関連している。このように考えると、金環日食も通常の天体ショーを超えた意味が感じられるのではないだろうか。
スポンサーサイト



プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR