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野呂芳男(4)

 野呂先生と言えば、忘れてならないことは、ウェスレー研究である。組織神学にとって、自らの体系的思索において思想を構築することは表面から見える表舞台である。野呂先生の場合は、実存論的神学がその主要な場と言えるが、しかし、表舞台で提示された思索が深みをもつためには、思想史研究という地道な研究が裏舞台と仕事部屋においてなされねばならない。バルトもティリッヒも、そしてモルトマンもパネンベルクもいずれも、思想史研究(神学と哲学、そして諸学)を行い、しばしばその講義を担当し、さらにはそれが優れた思想史研究として残されている。野呂先生の場合もおそらく同様であり(この舞台裏についてはわたくしはほとんど知識がないが、野呂先生の講義を聴いた人ならば多くの証言がなされるものと想像している)、ウェスレー研究はその思想史研究のなかの中心に位置しているのである。実際、ウェスレー研究と実存論的神学とは内的に連関している。

「解釈は一つの冒険なのである。ウェスレー神学を、実存論的傾向を持った体験の神学であると解釈することによって、私は一つの冒険をしたのである。ウェスレーを他の立場から解釈することも、同じように冒険であるが、どの解釈が正しいかは、どの解釈がもっとも深くウェスレーの神学を把握し、統一し、その内的生命を汲み出すことができるか、にかかている。私の解釈の立場こそそれをなし得ると、私は信じている。」(4)

 ここで紹介するのは、繰り返し試みられた野呂先生のウェスレー論の集大成とも言える次の文献である。

野呂芳男
『ジョン・ウェスレー』
松鶴亭(出版部)、2005年。

はじめに

第一章 生涯
(1)父と母・幼年時代
(2) 第一の回心の頃──青年時代
(3) 宣教師としてのジョージア伝道
(4) 第二の回心
(5) モラヴィア派とウェスレー
(6) 伝道生活の開始と友人・ホイットフィールド
(7) 不幸な結婚生活
(8) ウェスレーとアングリカン教会(Anglican Church)
(9) 「意見」と「教理」の相違

第二章 どのようにして神を知ることができるか──神学的認識論
(1) 体験論と実存的傾向
(2) 聖書の権威と体験
(3) 啓示と理性
(4) 実存的傾向の確認

第三章 人間について
(1) アダムの完全と堕罪
(2) 人間の中における神の像と先行の恩恵
(3) 罪の理解

第四章 キリスト論
(1) 受肉の必然性
(2) イエス・キリストの神性と人性
(3) 神の子の謙虚
(4)キリストの登位  

第五章 キリストの業
(1) 預言者なるキリスト
(2) 王者なるキリスト
(3) 祭司なるキリスト

第六章 義認と聖化
(1) 義認と聖化の内容および関係
(2)義認前の悔い改め
(3) 信者の罪
(4) 最後の義認
(5) 人性の諸段階
(6) 信仰と愛 

第七章 キリスト者の完全
(1) 教理の内容
 「完全」は絶対的なものではない
 愛を土台にした完全の勧め
 完全者におけるキリストの必然性
 完全追求における、第二の回心の重要性
(2) ウェスレーはキリスト者の完全を体験していたか
(3) キリスト者の完全の神学的意味
 次元的相違による完全論の解釈
 ウェスレーにおける、十九世紀以降の人間理解の欠如
 現代人としての「キリスト者の完全」を理解する道
 終末の非神話化と完全論

第八章 聖霊による確証
(1) その教理
(2) 確証と最後の義認
(3) 確証と聖霊の結ぶ実

第九章 実存論的なウェスレー解釈と、別の立場の研究者たちとの対話──アウトラー、ランヨン、カブ
(1) 対話の出発点──アウトラー
(2) ランヨン
(3) カブ
(4) 歴史の終末について

第十章 今後のウェスレー神学の研究方向
(1) アウトラーを継承する研究者たち
 再説・ウェスレーと神秘主義
 第三の回心は存在したか
(2) ウェスレーと近代
(3)ウェスレーと実存論的神学

あとがきにかえて・モグラの唄

ジョン・ウェスレー略年譜
参考文献
索引(事項/人物)

 野呂先生によるこのウェスレー研究は、内容はもちろんのこと、研究書として形式的にもよく整ったものである。「はじめに」冒頭の「本書でウェスレーを研究しようとされる方々へ」との言葉にあるように、本書は次のウェスレー研究を志す人々に向けて書かれている。もちろん、狭い意味でのウェスレーの専門研究者だけに書かれているわけではなく(「現代人としての「キリスト者の完全」を理解する道」とあるように)、キリスト教思想を学び研究者をめざす人々にはぜひ研究とは何かを知るために精読いただきたい内容である。組織神学や宗教哲学を目指す者にも、しばしば現代思想のはなばなしい動向に引き付けられ、思想史研究の地道な作業を敬遠する人が少なくない。研究に10年程度で見切りを付け、その後は別の道を進むという人生設計ならば、それもよいだろう。しかし、より長い道のりで研究を志す方には、研究の舞台裏における地道な思想史研究を継続していただきたい。学生時代に学ぶべきは、思想史研究に不可欠な古典的なテキストをいかに読むのかということなのである。
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プロフィール

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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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