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佐藤敏夫(2)

 今回より、佐藤敏夫(敬称略)について、その著作を取り上げる形で、佐藤神学の軌跡を辿りたいと思います。まずは、日本キリスト教に関連するものから。

 佐藤は基本的に近現代キリスト教神学(欧米の神学思想)の研究者として紹介されるべきであり、その著書・論文の主要なものはこうした業績で占められている。しかし、佐藤は、植村正久、高倉徳太郎に関する小さいながらも優れた著作を著しており、佐藤の世代は、植村や高倉との時代的な距離(近すぎず遠すぎず)からして、批判的な論考を著すに絶好の位置にあると言える。「来年は高倉没後五十年になり、ちょうど半世紀を経たことになるが、それの記念の意味をこめて本書を出すことになった。本書によって、われわれの先輩たちの一人が苦闘した足跡の一端でも明らかにされたことになれば、まことに幸いなことであると思う」(251-252)と、以下に紹介の著書の「あとがき」にある通りである。なお、佐藤は、古屋安雄、土肥昭夫、八木誠一、小田垣雅也との共著として、『日本神学史』(ヨルダン社、1992年)を著して、その第二章「一九〇七年(明治四〇年)-一九四五年(昭和二〇年)」を担当しているが、その内容は的確である。

佐藤敏夫
『高倉徳太郎とその時代』
新教出版社、1983年。

一 自我問題
二 文化の問題
三 英国留学
四 福音的信仰の確立へ
五 高倉神学の特質
六 植村正久と高倉
七 羽仁もと子と高倉
八 高倉の説教と青年たち
九 信濃町教会の成立
一〇 植村・高倉の教会論
一一 熊野義孝の高倉批判
一二 福音同志会と高倉
一三 高倉の最後
一四 結語


あとがき

・本書は、高倉の伝記ではなく、「高倉論」を、しかも高倉に関連した高倉以外の事柄(植村、羽仁)にも触れて提示することを示している。高倉には、福音同志会との関わり、そして何よりもその最後に関して、様々な評価がなされている。こうした慎重な扱いを要する問題について、佐藤の論述はゆきとどいた叙述になっている。

・伝道者説教者高倉の姿が、「八 高倉の説教と青年たち」において描かれているが、説教とは何かという問題を改めて考えさせられる。

・高倉の最後の在り方(自殺)については、それが牧師のそれであることから、否定的な評価も少なくない(と感じられる)。しかし、佐藤の述べるように、うつ病という病が、精神的努力で克服できるようなものではないことは、念頭に置くべきことである。「うつ病にかかっても、心の病なのだから、信仰によっていやし得るはずだとうのも極端な議論であろう。今では、うつ病も、肉体の病と同じく、病気なのだという認識は、もっと一般的になっていると思う」(222)、「筆者は人間の救いには当人の自覚的信仰が是手知的に必要であるという考え方に疑義をいだくものである。この立場に立つ限り、肉体的病にかかったものはよいが、心の病にかかったものは救われようもないのである」(223)。
 「心の病」は、牧師にとっても、あるいは牧師だからこそ、十分な配慮を要するものなのである。牧会カウンセリングにおいて精神科医と牧師の協力が問題にされることはこうしたキリスト教における「心の病」への取り組みにおいて重要な進展であるが(工藤信夫『牧会事例研究1』聖文舎、1980年では、「うつ病に陥った教会役員」が取り上げられている)、この問題において「牧師」は例外ではないのである。ここが、日本のキリスト教の盲点の一つではないだろうか。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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