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佐藤敏夫(5)

 佐藤敏夫の文化倫理の問題に属する著作の2冊目です。

佐藤敏夫
『レジャーの神学』
新教出版社、1988年。

第一章 レジャーの復権──歴史的考察
  1 一つの問題提起
  2 労働に対するレジェーの優位
  3 レジャーに対する労働の優位
  4 祭りと遊び

第二章 労働と祭りと遊び──体系的考察
  1 労働
  2 遊び──虚構としての自由の国
  3 祭り

第三章 レジャーとしての安息日
  1 問題の所在
  2 旧約聖書における安息日
  3 原始教会と主の日
  4 古代・中世における日曜日
  5 宗教改革における日曜日
  6 ピューリタニズムと安息日
  7 現代と安息日

第四章 羽仁もと子における労働とレジャー
  1 祈りかる働け
  2 「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ」
  3 禁欲的プロテスタンティズムと労働
  4 羽仁もと子と家事労働
  5 羽仁もと子と「祈りつつ」

第五章 傍注的諸断片
  1 忙しいということ
  2 ワーカホリック
  3 休日恐怖症
  4 文学部について
  5 遊びと生きること
  6 アスケーゼについて
  7 気晴らしについて
  8 二元性について
  9 文明と文化
 10 日本人のレジャー


あとがき

 本書は、キリスト教思想研究という観点から見て佐藤ならではの鋭い独自の問題提起がなされている点で、佐藤らしい一冊と言えるかもしれない。レジャー、遊び、祭りというそれに対する労働、アスケーゼという対比からもわかるように、「レジャーの神学」は、人間にとってきわめて基本的であるにもかかわらずこれまで十分な解明がなされてこなかった問題(「今の日本でも、日曜日は教会の礼拝の返り、映画を見に行ってはいけないなどと、学生が年長者から言われたりする例はなくはない。そういう環境では、レジャーという言葉で遊びを連想するような条件が重なると、レジャーとしての安息日などという言い方は、奇異な表現として受けとられる可能性が十分にある」(114))に積極的アプローチするものであって、繰り返し参照するに値する議論が展開されている。

 遊びは、様々な角度とレベルにおいて、きわめて人間的な現象・事象であり、これまで哲学者・思想家で、遊びに注目した者が一定存在したことは当然とも言える。遊びと祭りの関係は、宗教理解にとっても本質に関わっている。しかし難しいのは、「遊び」の具体的な内容かも知れない。ある人にとっての遊びが、遊びとして理解しにくいこと、遊びの現象学から機能論への議論が不可欠になるのかもしれない。  
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プロフィール

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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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