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無教会キリスト教とは?

 京都大学が年々に忙しくなり、研究環境が変わりつつあることは、これまでも本ブログで述べてきたとおりである(この1年のうちに事態はさらに進む)。しかし、京都大学キリスト教学専修に教員として属することが自分自身の研究にとってプラスになることも当然ある。その最大の利点として挙げるべきは、研究指導が思わぬ研究の展開を生み出すということである。卒論から修論や博士論文までの論文指導や、またそのほかの様々な行きがかり上の研究指導は、場合によっては自分の研究時間に食い込むことになるものであるが、京都大学キリスト教学専修(ほかの専修も同様と思われるが)における研究指導は、指導する側にも大いに刺激となりしばしば研究を促進する効果を生じる。

 わたくしの場合は、日本とアジアのキリスト教思想研究をまとまった形で行うことになったきっかけとして、こうした研究指導がプラスに作用したと言える。海老名弾正、内村鑑三、矢内原忠雄、塚本虎二らに関わる研究指導がそれであるが、最近、こうした経緯から、塚本の2冊の著書を購入することになった。

塚本虎二
『内村鑑三先生と私』伊藤節書房、1961年。
『私の無教会主義』伊藤節書房、1962年。

 塚本は、内村鑑三の代表的な直弟子の一人であり、無教会の重要メンバーであるが、内村との複雑な関係でも知られている。無教会とは、無教会キリスト教とは、何であったのか、何であるのか、何でありうるのか、について精密な検討を行うには、塚本をどう理解するかが重要なポイントの一つとなる(内村だけでは議論が不十分であろう)。
 近代という文脈におけるキリスト教的な知的運動としての無教会とは、いかなるキリスト教なのか。今年度は、こうした問いについて考えることになりそうである。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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