戦争・聖戦・正戦・非戦(5)

 戦争という巨大な複合的事象をどのように分析し論じるかは、方法論レベルでの詳細な検討を要する問題である。こうした理論構築をこのブログで直ちに行うことは困難であるが、戦争を論じる際に多面的な視点が必要なことは確認すべきポイントであり、それが、いわゆる「民衆」「庶民」の視点を含むことを忘れてはならない(20世紀以降の戦争は、軍隊・軍人の戦争を遙かに超えて、総力戦として存在している。戦争という現実は単純な軍隊論や軍事論では把握できない)。
 近代日本の戦争を「日本人にとって「戦争の時代」とは何であったのか、日本人にとって国家とは何であったのかを、凝視」(275)しつつ、「戦争の死は非業の死であり、国家が強要したものだけに、一個の人間にとりむなしきものです。それだけに、死を負うて生きたものには、むなしき死を記憶し、いかに意味づけるかが、生きた証として求められたのです」(276)と述べる研究者。今回取り上げるのは、こうした研究者の貴重な近代日本の戦争論である。著者は、日本キリスト教研究者としても多くの議論を展開しており、「キリスト教と戦争」という点で参照すべき人物である。

 目次は、一部を除き、章以下を省略。

大濱徹也
『日本人と戦争──歴史としての戦争体験』
刀水書房、2002年。

はじめに

第一章 近代日本の構図
  一 日本国という物語
  二 大日本帝国のもので
  三 生活者の場
  四 異郷異邦への眼

第二章 民衆の原像としての兵士──千葉県我孫子市域を場として

第三章 歴史としての戦争体験
  一 旅順の死
  二 血河の屍
  三 凍土の屍
  四 黄土の屍
  五 死者との共生
  六 死を意味づける世界
  七 体験を問い質す場

第四章 戦争を問う場
  一 「戦争体験」とは何か
  二 東京府下の風景
  三 工業地帯の景況と空襲・疎開
  四 一下士官の戦場風景
  五 歴史を問いなおす場

第五章 歴史としての引揚げ体験

第六章 佐渡・日本・アジア

第七章 歴史を問い質す場
  一 「歴史の枠組」への挑戦
  二 歴史を生きる作法
  三 体験としての歴史
  四 記憶としての歴史
  五 歴史を読みなおす作業

第八章 戦争展示の課題──聖なる空間、民族の物語の場として
  一 はじめに──現在問われていること
  二 「エノラ・ゲイ論争」が問いかけること
  三 「戦争という物語」がもつ多義性
  四 想起する世界をいかに問い質すのか

おわりに

初出一覧

 日本人にとっての戦争を問いただす作業とは、日本キリスト教史にとって本質的な意味を有している。
 大濱氏とは、この5月に北海学園大学人文学部開設20周年シンポジウムの後の懇親会でお目にかかり、しばらくの間、様々なお話をすることができた。これは、このシンポジウムに参加しての収穫の一つである。なお、大濱氏とは、思いがけず、懇親会翌日の札幌教会の礼拝で再度お目にかかることになった。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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