『図書』から

 岩波書店より、月間冊子『図書』が刊行されているが、以前に仕事をお引き受けした関係で、毎月、『図書』を寄贈いただいている。これまでは、とくに『図書』についてふれることはなかったが、今回送られてきた『図書』2013.10は、興味深い文章が掲載されていたので、ご紹介したい。

・長島要一(コペンハーゲン大学特任教授)「「作家」キルケゴールの虚と実(上)──婚約者レギーネの日記から」
 キルケゴールとレギーネとの婚約とその破棄は、よく知られた出来事であり、これまでもさまざまな仕方で論じられてきた。長島氏が取り上げるのは、「若きキルケゴールの婚約問題をめぐる事実関係の解明に光を当てる、レギーネ自筆の日記が存在していた」という問題である。キルケゴールの思想理解には、こうした伝記的事実は本質的ではなく、書かれたキルケゴールのテキストの内在的読解こそが研究の中心であるとの見解も可能であり、おそらくは一定の正当性をもっている。しかし、「レギーネ体験なくしてキルケゴールの成熟はなかったかもしれず、それはトラウマ体験が賢明にも意識的に操作され、創造的に昇華されていった稀なる一例であったと言える」とすれば、話はやや異なってくる。思想研究という立場から、伝記的な事実が注目されるべきなのは、まずこうした場合である(実際の研究では、こうした点が曖昧にされ、良くも悪くも興味本位のものが目に付くのは事実であるが)。ハイデッガーとナチズムとの関係も、こうした思想内容自体に関わる論点となり得る例であろう。
 キルケゴールの場合、その「作家」性、虚構性、レトリックなどと思想内容とが積極的に相関することが考慮されねばならないとすれば、レギーネの日記も無視できないことになるだろう。
 今回の文章は、「上」であるから、今後示される「下」と合わせて、検討することにしたい。

・村田靖子(ヘブライ文学)「新しいユダヤ人になる」
 1頁の短い文章であるが、ユダヤ人の改名という問題を論じている。イスラエルの伝統における名前と改名の意義を考えるとき、またユダヤ人の20世紀の運命を考えるとき、考えさせられる問題である。
「万物に名をつけた創造主なる神が、「名」と呼ばれるというのも意味深い伝統と言えよう。」
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