FC2ブログ

宗教研究と自然あるいは自然科学

 本ブログのメインテーマは、言うまでもなく「自然神学」であり、宗教研究・キリスト教研究と自然・自然科学という連関を意識しつつ、議論が行われている。こうした問題意識が日本の研究者においても共有されつつあることは、喜ばしいことである。この動向に関わる文献をいくつか取りあげたい。

まず、昨年の日本宗教学会『宗教研究』377(2013年9月)、「科学・技術と宗教」特集号である。この特集には、わたくしも寄稿したが、そのほかにも、多くの論文が掲載された。

秋富克哉「科学技術に死すべき者たちとしてこの大地の上に住む」
芦名定道「科学技術の神学にむけて」
石井研士「機械の中の幽霊」
金森 修「〈変質した科学〉の時代の宗教」
島薗 進「福島原発災害後の宗教界の原発批判」
星川啓慈「神経生理学とユダヤ教」
脇坂真弥「知覚・労働・科学」

 問題設定、視点、議論はさまざまなであるが、よくもわるくも、これが日本の宗教研究における科学・技術論の実態かもしれない。それぞれの研究の片手間で何とかなる研究テーマではないだろう。

次に、関西学院大学キリスト教と文化研究センターから刊行の次の文献である。

関西学院大学キリスト教と文化研究センター編、樋口進編著
『自然の問題と聖典──人間の自然とのよりよい関係を求めて』
キリスト新聞社、2013年。

まえがき
樋口 進「旧約聖書における自然災害」
大宮有博「名古屋学院大学における実験動物感謝記念礼拝の取り組み」
近藤 剛「神学の緑化──パウル・ティリッヒを手がかりに」
奧野卓司「動物愛護観のダブルバインド──震災・原発事故における動物救援活動を例に」
平林孝裕「神はどのように線をひいたか?──人間・動物とその境界線」
土井健司「古代世界における疫病・食糧危機とキリスト教──なぜキリスト教は生き残ることができたのか」
内藤新吾「原発問題とキリスト教──平和、環境、人権」
嶺重 淑「イエスの自然観──イエス伝承における自然と神の国」
松田 史「自然・環境問題と佛教」

 「まえがき」で編者が説明されているように、この論集は、関西学院大学キリスト教と文化研究センターのプロジェクト「自然の問題と聖典」での研究発表を論文化して収録したものであり、収録された論文は研究発表の順番に従っており、論考がテーマ別に整理されていないのは、そのためと思われる。また、キリスト教のほかに仏教も視野に入れられているために、「正典」ではなく「聖典」というタイトルになっているのであろう。こうした事情からもわかるように、本論考は体系的な企画によって構成されているというよりも、より自由にゆるやかに繋がった諸問題を焦点とした論文集という体裁になっている。実際、問題は多岐にわたっている。聖書テキストに焦点を合わせたものから、キリスト教の歴史に題材をもとめた論考、そして現代の自然・生命・環境と科学技術(原発・震災・環境・動物)まで、「自然と聖典」というテーマを考える材料は豊富に提示されている。もちろん、題材はさらに多く収録することが可能であり、本論考は必ずしも自然をめぐる諸問題の主要部分をカバーしているわけではない、しかし、さらに気になるのは、自然なり科学技術なりを理論的に論じるための視点に関わる議論、つまり組織神学的あるいは宗教哲学的な議論が欠けていることであろうか。
 なお、本論集についての、より積極的な書評は、場所をかえて行う予定である。
スポンサーサイト



プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
01 | 2014/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR