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聖書研究との関連で1

 9月になりましたので、所感中心の記事から、本ブログの内容により近い記事へと戻りたいと思います。
 まず、聖書研究に関連した記事を数回、掲載します。聖書研究は、宗教哲学研究とともに、自然神学の社会科学への拡張の方法論的な基盤となりますので、本ブログにとっては、きわめて重要です。

 第一回は、そもそも、キリスト教にとって聖書とは何か、という問題です。もちろん、これには、「神の言葉」と「人間の言葉」(つまり、歴史的文献)という近代以降の聖書理解をめぐる枠組みが関連します。しかし、ここで強調したいのは、聖書原典、聖書の原文などといわれる場合の原典・原文の意味です。あるいは、近代文献学(人文主義的なテキスト概念)における原典とキリスト教的正典との関係の問題と表現することもできます。
 おそらく、聖書研究を方法論的に再考する場合、この原典性・正典性自体が反省される必要があります。これは、初期キリスト教にとっていわば正典の地位にあったのは、ヘブライ語による旧約聖書(マソラ本文)ではなく、ギリシャ語訳の旧約聖書であったということに関わります。また、中世カトリック教会では、ヒエロニムス訳のラテン語聖書が正典的な位置にあったわけであり、このように考えれば、聖書研究は、いわゆる原典だけに集約することはできないということになります。それは、キリスト教が生きた宗教(共同体的営みの中にある宗教)であり、そこで共同で読まれる聖書は翻訳にならざるを得ないということに基づいており、また、これは翻訳が原典に対して二次的なものであるという通念を問い直すことを要求するはずです。

 以上の問題を、聖書のギリシャ語訳に即して論じた研究として、次の文献を紹介したい。

Timothy Michael Law,
When God Spoke Greek. The Septuagint and the Making of the Christian Bible,
Oxford University Press, 2013.

Acknowledgements

1. Why This Book?
2. When the World Became Greek
3. Was There a Bible before the Bible?
4. The First Bible Translators
5. Gog and His Not-So-Merry Grasshoppers
6. Bird Droppings, Stoned Elephants, and Exploding Dragons
7. E Pluribus Unum
8. The Septuagint behind the New Testament
9. The Septuagint in the New Testament
10. The New Old Testament
11. God's Word for the Church
12. The Main of Steel and the Man Who Worshipped the Sun
13. The Man with the Burning Hand versus the Man with the Honeyed Sword
14. A Postscript

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LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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