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キリシタン・中世と日本の宗教状況

 現代日本の宗教状況を規定する諸要因を理解するには、時代を遡る必要がある。ポイントはさまざまに設定できるが、その重要な一つとしてキリシタン時代という中世から近世への転換期を挙げることができるように思われる。現代日本におかる国家と宗教との関係性の形成にとって、この転換期は決定的な意義を有しているからである。
 この関連で、『図書』2015.1に収録された、安丸良夫の論考を紹介したい。

安丸良夫
「兵農分離と「平和領域」」
『図書』2015.1、25-29頁。

 ここで取り上げられるのは、尾藤正英の議論であるが、本稿では、太閤検地に見られる兵農分離が宗教との関わりで何を意味しているかについて、重要な展開がなされる。
「兵農分離を単なる土地政策としてではなく、できるだけ広い意味で理解する必要がある。兵農分離は、兵と農とを身分的に分離し固定し、居住地も分離する政策だが、それは同時に兵と農から宗教を分離する過程でもあった。中世社会を特徴づけていた色濃い宗教性は、この過程をへて、近世社会を特徴づける現世性へと組み替えられた。」(28)
 
この歴史的状況が、現代日本までの基本的に規定するものと考えるとどのような日本理解が可能になるだろうか。

「一見、秩序に従順な封建的領民となったキリシタン信仰者や一向宗門徒は、幕末維新の変革期には、ふたたび頑強は反権力闘争を展開して「信教の自由」を求め、そのことが深部の歴史の力となって近代日本には曲がりなりにも「信教の自由が実現された」、「宗教とコスモロジーは、時として、どんな権力や暴力にも拮抗しうる歴史の潜勢力なのであろう。」
(29)

 これが明治前半の自由民権運動を支えたものであり(自主憲法の制定は本来この文脈から提起されるべきものである)、キリスト教もこの運動とさまざまな関わりを有していた。しかし、明治中頃以降、キリスト教は急速にこうした方向性を喪失してゆく。それは、明治のキリスト教の指導者が、民衆の宗教性を適切に捉えることができなかったからではないだろうか。
 現代日本の状況と課題は、このような歴史の視野から見るとき、どのように理解可能になるだろうか。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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