日本キリスト教思想におけるハイデッガー研究追加

 本ブログでは、これまで、「ハイデッガーとキリスト教」をめぐる研究状況について、コメントしてきた。日本のキリスト教思想研究において、このテーマに関わる、最近の代表的な研究としては、茂牧人『ハイデガーと神学』(知泉書館)が挙げられるが、この茂による研究と、小田垣雅也の研究との中間の時期にも、紹介すべき研究が存在している。今回紹介するのは、こうした研究である。

沖野政弘
『現代神学の動向──後期ハイデガーからモルトマンへ』
創文社、1999年。

第一章 後期ハイデガーとハインリッヒ・オット
第二章 ハイデガーにおける解釈学と言葉の問題
第三章 H・オットの人格と祈りの神学──ハイデガーの死の理解との対決
第四章 H・オットの聖霊の神学──人格と祈りの神学から聖霊の神学へ
第五章 神の言葉と解釈学
第六章 教義学の問題としての解釈学──デイームのブルトマン神学に対する内在的批判
第七章 モルトマンの十字架の神学の展開──その三位一体論理解について
第八章 モルトマン神学に於ける汎内神論
第九条 モルトマン神学における身体性の理解──復活の霊によって生かされる身体のかたち
第十章 モルトマン神学における聖霊論の展開
第十一章 モルトマンの宇宙論的終末論の展開──人格と自然のヒュポスタシス的一体性

あとがき
初出一覧
索引

 全体がハイデッガーについての専門書というわけではないが、沖野の思想の展開に即したハイデッガーの議論がなされている。この論集の刊行時期には、沖野の問題意識は、モルトマンへと移行していたと言えるか。
 しかし、日本における先行するハイデッガー論への言及がないのは、どうしてなのだろうか。雑誌論文の段階では字数の関係で、省略せざるを得なかった先行研究にも、論集に収録段階でならば、一定程度補足できるようにも思われるが。「あとがき」には、小田垣への謝辞のあることから、やや不思議な気もしてくる。
 先行研究に対する批判や尊重といった姿勢が、日本における思想研究にも定着すれば、共同の場での研究の生産的な積み上げが可能になるのではないだろうか。今後の課題であろうか。
 もちろん、一人の研究者の視野からは、重要な先行研究が把握できない事態が起こりうる。だからこそ、研究の共同の場が必要なのである。博士論文とは、まさにこうした場での研究成果の公表である。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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