戦争論と十字軍

 現代キリスト教思想において、「平和と戦争」は多くの思想家、研究者の関心を集めている(それらがいわばばらばらの状態で拡散しているのが問題とも思われるが)。その際に、必ずと言って出されるのが、キリスト教の過去の悪行としての「十字軍」である。しかも、それが事実からしばしば遊離して、ステレオタイプ化した仕方で自由にイメージを刺激に、思わぬ議論に登場するということにもなる。となると、信頼の受ける研究成果をしっかり踏まえることが必要になり、先にブログでも取り上げた、今年度の京都ユダヤ思想学会・学術大会で講演された、山内進さんの研究などが参照されることになる。
 まず、入門的なものから。

山内進
『十字軍の思想』
ちくま新書、2003年。

プロローグ──よみがえる十字軍?

第一章 主の剣

第二章 「神がそれを望み給う」

第三章 十字軍、北へ──新しいマカバイ

第四章 神の鞭・悪魔の僕・ピューリタニズム

第五章 〝新しいイスラエル〟アメリカ

第六章 近代の十字軍思想

エピローグ──『レフトビハインド』について

あとがき

参考文献

 先に、十字軍の入門書と述べたが、もちろん、この文献のポイントはそれでけではない。むしろ、それが近代以降の政治思想、特にアメリカを理解する方向で論じられている点に注目すべきであろう。

 アメリカにおけるキリスト教を政治思想との関わりで分析するのは、当然である。しかし、しばしば行われる、アメリカの政治家に対するキリスト教神学者の影響という視点でのキリスト教神学の意義の強調は、それ自体かなり問題的に思われる。たとえば、R・ニーバーの影響である。それは、特に20世紀以降のアメリカが国際政治で何を行ってきたかについての批判的分析・評価を踏まえた上でなされるべきである。政治家とお友達であることは、その神学者の思想評価とどうかかわるか、考えるべきだろう。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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