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キリスト教思想の焦点としての言語12

 キリスト教思想の焦点としての言語について、マクフェイグまで、辿ってきた。今回は、マクファイグと同時代のアメリカ神学において、キリスト教思想・言語に関わる文献をいくつか取り上げたい。マクフェイグとの距離や近さはさまざまである。

まずは、ギルキーとマッコーリー。このあたりは、1960年代以降の英語圏の神学における言語論としては、基本中の基本。

Langdon Gilkey,
Naming the Whirwind
Bobbs-Merrill, 1969.

John Macquarrie,
God-Talk. An Examination of the Language and Logic of Theology,
The Seabury Press, 1967.

さらには、カウフマンとトレーシー。このように見ると、日本における神学受容がいかに偏っているのかが、よくわかる。

Gordom D. Kaufmann,
In Face of Mystery. A Constructive Theology,
Harvard University Press, 1994.

David Tracy,
The Analogical Imagination. Christian Theology and the Culture of Pluralism,
Crossroad, 1981.

Plurality and Ambiguity. Hermeneutics, Religion, Hope,
Harper & Row, 1987.

 宗教言語といっても、その方法論、問題設定、焦点となるテーマは多様である。しかし、それらは相互に連関し合っており、その結びつきを理解することが肝要である。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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