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キリスト教思想の焦点としての言語20

 前回は、宗教言語を考える上で参照すべき、言語学に関わる基本的文献のいくつかを紹介したが、その中に、語用論(プラグマティックス)の文献(レヴィンソン)が含まれていた。今回は、語用論の意義を確認した上で、その文献を追加したい。
 語用論の重要性は、言語にとってそれを使用することはその本質に属しているからであり、コミュニケーションを論じる際に、語用論はその基礎に置かれねばならない。この点は、ハーマーマスがコミュニケーション行為を論じるにあたって、普遍的語用論を構築したことに端的に示されている。宗教言語も、個人と共同体における使用の問題であるとすれば、当然、語用論が問題ならざるを得ない。今回、語用論に関して追加するグリーンの著書では、語用論について、二つの意味を区別して説明を始めている。

「最も狭義のプラグマティックス、すなわち、指標表現(indexicals:「私」、「ここ」、「その時」の様に言語表現の発話の文脈を考慮に入れない指示対象(reference)が決定できないような単語や句)の解釈を扱う、指標表現の解釈に最低限度必要な文脈には、時間、場所、話者、発話のトピックスがある。」

「最も広義のプラグマティックスは、人間の意図的行動の理解を目指す研究である。従って、これはある目的達成のために企てられたと考えられる行為を解釈することを含むのであるから、プラグマティックスにおける中心的概念には、所信、意図(または目標)、計画、行為が含まれねばならない。プラグマティックスは、あらゆる種類の意思伝達の手段を含むのであるが、その中には、非慣習的、非言語的、非記号的なものも含まれている。」

 というわけで、語用論では、指示と意味、発話行為、会話的含意、統語論との関連性など、さまざまな問題が論じられることになる。次の挙げるには、語用論概説書であり、このあたりから始めるのがよいだろう。なお、自分の研究に関連して参照される可能性が考えられる文献は、どうしても邦訳だけでなく、原著も手元におく必要があり(これまで「キリスト教思想の焦点としての言語」のカテゴリで紹介してきた文献については、紹介は邦訳で行ったが、原著も手元にある場合が多い)、わたくしにとって、この文献もそうしたものとして位置づけられる。原著(第2版であるが)も並記する。

ジョージア・M.グリーン
『プラグマティックスとは何か──語用論概説』
産業図書、1990年。
(Georgia M. Green, Pragmatics and Natural Language Understanding. Second Edition, Lawrence Erlbaum Associates, 1996.)
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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