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キリスト教思想の焦点としての言語29

 しばらくエーコの文献を紹介してきたが、言語をめぐり、記号論からテキスト解釈学・物語論・読者論への展開を確認することができた。そこで、この議論のラインを確認しておきたい。

 今回は、まず、キリスト教との関連でも問題となるフランク・カーモード。

フランク・カーモード
『秘義の発生』
ヨルダン社、1982年。


1 肉的な意味と霊的な意味
2 〈ホティ〉の問題──物語はなぜ曖昧か
3 マッキントッシュの男、シャツの少年
4 発展の必須要因
5 事実とは正確になにか
6 筋を追えない世界

原註
訳注
訳者あとがき
索引

フランク・カーモード
『終わりの意識──虚構理論の研究』
国文社、1991年。

日本語版はしがき
はしがき

Ⅰ 終末
Ⅱ 虚構
Ⅲ 始めも終わりもない世界
Ⅳ 現代の黙示録
Ⅴ 文学的虚構と現実
Ⅵ 独房監禁

原注
訳者あとがき

 「虚構と現実」という問題が、言語、テキスト・物語、読解という議論において展開されるのは、この時期のいわば共通問題であり、さまざまな思想家がこの問いに取り組んでいる。多様な思考実験がなされ、それにキリスト教思想も絡んでいる。

 こうした中で、「読解」についての精密な議論が求められることになる。詳細は次回以降にして、ここでは、次のスコールズの文献のみを挙げておきたい。

ロバート・スコールズ
『読みのプロトコル』
岩波書店、1991年。


第一章 読むこと──間テクスト的行為
第二章 解釈──プロトコルの問題
第三章 批評──レトリックと倫理

訳者あとがき
引用文献

 なお、このスコールズの原著は、次のものであり、わたくしの手元にある。
Robert Scholes,
Protocols of Reading,
Yale University Press, 1991.


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プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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