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キリスト教思想の焦点としての言語33

 言語から、テキストの「読み」「読解行為」へ話が進んだところで、宗教にとっての「読み」の意義を論じた文献を二つ追加しておきたい。

1.Robert Detweiler,
Breaking the Fall. Religious Readings of Contemporary Fiction,
Macmillan, 1989.

Acknowledgements
General Editor's Preface

Preface
1  Playing for Real: Roles, Plots and
  (Non-)Representations
2 What is Reading Religiously?
3 Braking the Fall: Walker Percy and the
  Diagnostic Novel
4 John Updike's Sermons
5 Sacred Text/Sacred Space
6 Scheherazade's Fellowship: Telling against the End

Selected Bibliography
Index

 芸術において「宗教」「宗教的」という意味づけをめぐる問題は、すでに古典的な問いと思われるが、十分に理解されていないように思われる。宗教などを分析する際に、実体的・内容的なカテゴリーから、機能的なカテゴリーへと視点を展開する問題である。

2.Adel Theodor Khoury und Ludwig Muth (hg.),
Glauben durch Lesen? Für eine christliche Lesekultur,
Herder, 1990.

 この論集は、「キリスト教的な読書文化」という範囲を中心に(ユダヤ教について論じた論考も収録)、「読解行為」を扱ったものであるが、本ブログでこれまで見てきた「言語」をめぐる動向とは、あまり噛み合っていないように思われる。伝統的な意味で「キリスト教的」?
 
 

  
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プロフィール

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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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