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本日のボンヘッファー

次の文献より、ボンヘッファーの言葉を引用します。

マンフレート・ヴェーバー編
『信じつつ祈りつつ──ボンヘッファー短章 366日』
新教出版社、1997年。

「人間の限界について語ることは、疑わしいことになった。われわれはそのことによってただ、恐るおそる神のための場所を空けようとしているにすぎないと、そのようにわたしにはいつも思えてならない。わたしは神について、限界においてではなく、この世の直中において、弱さの中ではなく、力において、したがって死と罪を契機にしてではなく、生において、また人間の善において語りたいのだ。」(WE 141)
(10月27日)

 ボンヘッファーらしい言葉。隙間(=人間の限界)の神ではなく、という言明は獄中書簡の基本的立場ににほかならない(実際、この言葉は、獄中書簡集からの引用である)。こうした隙間の神に対する批判は、マクグラスにも共有されている。マクグラスならば、その上で、自然神学を構想する、となる。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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