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アガンベン・メモ(b22)

2・2
古代末期の思想状況において、「ヒュポスタシス」がどうして「現実存在」という意味を獲得することになったのか、その意味転化の問題への導入。

「「ピュポスタシス」という語の元々の意味は、──「土台・基礎」とならんで──「沈殿物」であって、液体の個体化した残りを指している。」
「「沈殿物」とか「残り滓」を意味していた語が現実存在という存在論の根本概念を表現するための鍵用語ないし「流行語」に転化したという事実」

「バンヴェニスト」の示唆。「まったく異なった意味を付与された同一の形態素に出会ったさいには、まずもって、外見上は相異なる意味を一つに還元することができるようなその語の使用例が存在するかどうかを探索してみなければならない」

「ヒュポスタマイ」、「このその動詞がもともと「固形化した残り滓を産み出すこと」──ひいては「固形状態に到達すること、手ごたえのある固さを生じさせること」──を意味していたとするなら、現実存在という意味に向かっての展開は完全に自然なことであった。」
「現実存在は──古典古代の存在論が根本的に変容することによって──存在が物化され実質を与えられるにいたる過程の結果として姿を現わしている。」
「元々の意味は新しい意味のなかでも姿を消していないばかりか、新プラトン主義というひとつの思想がなんとかして一者を存在のかなたに配置転換しようと努力しながら現実存在を「ピュポスタシス」としてしか、すなわち、その超越の過程の物質的な残滓および沈殿物としてしか把捉することができないでいるのはどうしてなのか、を了解することを可能にしてくれているのである。」

液体の固形化という意味の展開は、キリスト教においては、神の恩恵(液体)の具体化(物化)という仕方での思考を可能にしたものではないのか。 
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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