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本日のボンヘッファー

 連休もおわり(例年とはまったく異なる連休でしたが)、大学ではオンライン授業が本格的に始まり、また教会ではインターネットを介した礼拝ライブが続いています。新型コロナウィルスの感染拡大の影響ではありますが、感染者数も死亡者数も、データというものがいかに曖昧なものであるかについて考えさせられます。そして、それらに基づく「要請」と「横並び自粛」、こうした状況にボンヘッファーならば、どのようにコメントするでしょうか。
 などと考えながら、本日のボンヘッファーです。

マンフレート・ヴェーバー編
『信じつつ祈りつつ──ボンヘッファー短章 366日』
新教出版社、1997年。

「秘密を守らないで生きるとは、われわれ自身の秘密についても、他人の秘密についてもいっさい何も感知しないことを意味する。言い換えれば、表面的にとどまること、要するに、この世界を、それが見誤られ、利用されうる限りにおいてのみ、真剣に受けとるにすぎない、ということである。」(LB 31)
(5月10日)

ボンヘッファーの言う「われわれ自身の秘密」とは何を意味しているだろうか。もちろん、この短い引用ではあれこれ想像するしかないが、世界との深い関わり、真剣な生き方に関わるということは、言えそうである。ボンヘッファー自身の関与したと言われるヒットラー暗殺計画はこれに当てはまるのだろうか。あるいは、その個人と神との関わりは秘密に属するのだろうか。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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