キリスト教とマルクス主義

 前回は、社会主義との関連を取り上げたが、今回は、さらに問題を絞り込んで、キリスト教とマルクス主義に関わる最近の文献を取り上げたい。「キリスト教とマルクス主義」という問題は、19世紀後半からさまざまな立場・文脈で取り上げられてきたものであり、それなりの議論の蓄積をもっている。日本においても、明治・大正以降、このテーマについての議論がはじまり、太平洋戦争後、1960年代頃までは、キリスト教研究や宗教研究でもかなりよく議論されていたことがわかる。これは、現代において、環境や原発が問題化するのと類似の現象的側面を有していたと言うべきかもしれない。おそらく、本格的に「キリスト教とマルクス主義」を論じようとする場合、こうした長い論争の経緯にどれだけ踏み込んで議論を組み立てられるかで、その議論の質、深みが決まると思われる(古くすでに多くのすぐれた議論が存在するものを、本人だけが新しい議論のつもりで論じるというのは、やや滑稽なことであろう。これはだれにでも起こりうることではあるが)。

 今回取り上げる文献は、マルクス主義でも特にレーニンに焦点を合わせたものであり、現代思想で、レーニン、そしてキリスト教といえば、思い起こされる名前、バディウとジジェクへ言及も当然なされている。しかし、議論はさらに本格的なものとなっており、いずれ詳細についても取り上げる機会があるかもしれない。

Roland Boer,
Lenin, Religion, and Theology,
Palgrave, 2013.

Preface

Introduction
1 Spiritual Booze and Freedom of Religion
2 Gospels and Parables
3 Christian Revolutionaries and God-Builders
4 Returning to Hegel: Revolution, Idealism, and God
5 Miracles Can Happen
6 Venerating Lenin

Conclusion

Notes
Bibliography
Index

 マルクス主義もキリスト教も、1970年代以降、大きく転換し、さまざまな新たな展開を模索して、今日に至っている。日本の思想界は、この点で50年前と同じ図式をステレオタイプ的に反復する域を超えていないかの感もあるが、それは飽くまでも「思想」を自称する者の怠慢であり、議論はすでに遙か先を進みつつある。

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