パウロ研究から

 本ブログは、「自然神学の言語論的転回とその社会科学への拡張─聖書・環境・経済─」というテーマにおけるわたくしの研究をめぐる諸問題(かなり広めに解しているが)を紹介しメモすることを目的にしている。この自然神学(自然・環境・生命)から社会科学(環境・経済・政治)へという議論の展開を可能にするものとして設定されたのが、「聖書」「言語」であり、本ブログでパウロ研究に関心をむけるのは、この視点からである。
 パウロ研究は、現代思想・哲学者を巻き込んで大きく展開しつつあると思われるが、こうした政治哲学的な連関と並んで、注目すべきは、言語論との関わりである。1970年代以降、聖書学はさまざまな言語学・言語理論との関連を視野に入れて展開してきたが(わたくしも、かなり集中的に、イエスの譬えと隠喩論・テキスト解釈学の問題を追及したことがある。いずれまとまった形で公に出来ればと考えてはいる・・・)、パウロとレトリックという問題も、こうした連関に加えることができる。これは、パウロが説教者、論争家であったことを考えれば当然の研究テーマでもある。今回紹介するのは、こうした研究の一つであり、わたくしの目にとまったものである。

Matthew R. Malcolm,
Paul and the Rhetoric of Reversal in I Corinthians. The Impact of Paul's Gospel on His Macro-Rhetoric,
Cambridge University Press, 2013.

Acknowledgements
Formatting, translation, and abbreviations
Macro-structure of 1 Corinthians

Introduction

1 The kerygma of reversal
2 The Unity and coherence of 1 Corinthians
3 1 Corinthians 1-4: divisive boasting over human leaders is set against the present inhabitation of Christ's cross
4 1 Corinthians 5-14 and Paul's ethics 'in the Lord'
5 1 Corinthians 15: pessimism for the dead is set against the future inhabitation of Christ's resurrection

Conclusion

Bibliography
Biblical index
Ancient index
General index




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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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