日本近代とアジア

 近代日本また近代日本のキリスト教を理解するのに、アジアという視点は不可欠のものである。しかし、それは、十分な仕方で共有された知となっているのだろうか。

 今年度の京都大学キリスト教学の演習では、無教会キリスト教というテーマで、内村鑑三の非戦論を読んでいる。非戦論を理解するには、内村が日清戦争=義戦との立場から非戦論にいかにたどり着いたのかを明らかにすることが求められるわけであるが、そのためには、内村の義戦論から非戦論までのテキストの精読が前提となる。というわけで、問題の諸テキストに向かうことになるが、そこには、当時の東アジアの歴史的諸事件が登場し、それがかなり錯綜している事実があきらかになる。内村はこの歴史的状況において思索をおこなっているのであって、平和や戦争についての抽象度の高い一般論を展開しているわけではないのである。しかし少し掘り下げて考え始めると、この歴史的諸事件の事実を明確化し、その意味を理解することは決して簡単ではないことがわかってくる。この明治期のアジアにおける日本を理解することは、近代以降の、そして現代の日本の理解に直結するものであり、近年の中国、台湾、韓国との間での歴史的問題のルーツの一つはここにあるのである。
 しかし、歴史意識の多様性を認めつつも、歴史の基本的な事実関係についての共通理解を構築することは、困難ではあってもどうしても遂行しなければならない基礎作業である(当然、こうした努力はなされてきた)。この共通理解なしには、東アジアのキリスト教というテーマは、いつまでもその土台が確定しないということになる。こうした点で、先月出版された次の文献は、重要な寄与を行ってくれるかもしれない。これまで学校教育で習ってきた近代日本史と比較してはいかがだろうか。

金重明(Kim Jung Myeong)
『物語 朝鮮王朝の滅亡』
岩波新書、2013年8月。

はじめに

第一章 近代朝鮮の前夜──実学者たちの構想
  1 英正時代──朝鮮王朝中興の名君
  2 硬直化した朱子学に叛旗をひろがえした実学
  3 地球は丸く、自転している──洪大容
  4 すべての学問は民を豊にするために──朴趾源・朴斉家
  5 役に立たない学問は死んだ学問である──李瀷・丁若鏞
  6 洗礼を受けた士大夫──キリスト教の浸透

第二章 開国か、鎖国か──揺れる朝鮮半島
  1 空白の八十年──正祖の急死と実学者の受難
  2 常軌を逸した収奪と社会不安──民乱の時代
  3 外国船現れる──大院君の鎖国政策の中で
  4 清に翻弄される日本──朝鮮の内政に干渉

第三章 日清戦争は日朝戦争として始まった──戦場は朝鮮だった
  1 徹底した平等主義の農民軍──東学の創建
  2 日本、清を戦争に引きずりこむ──豊島沖の海戦
  3 農民軍の敗北と残党狩り──日常化する残虐行為
  4 王宮に乱入した日本人──后妃・閔妃を殺害

第四章 朝鮮王朝の落日──併合条約の締結
  1 国王から皇帝へ──大韓帝国を宣言
  2 日本の朝鮮支配への道──日露戦争から保護条約へ
  3 抵抗する朝鮮の人々──愛国啓蒙運動と義兵運動
  4 花電車で祝う日本人──朝鮮滅亡の日

あとがき

主要参考文献
略年表
索引

 著者は、歴史小説を中心に執筆を行っている小説家、翻訳家。「はじめに」において、次のように自らの立場を説明している。

「わたしの両親は朝鮮半島の生まれで、わたしはいわゆる在日二世にあたる。しかしわたしには「愛国心」なるものはかけらもない。愛国心は近代に浮かれた啓蒙であると確信している。
 一九九〇年代、ユーゴスラビア連邦が解体する中、戦争によって利権を得ようとする連中が民族の歴史を誇張して人々の「愛国心」をあおり、それによってそれまで平和に暮らしていた人々が互いに殺し合いをはじめ、第二次旋回大戦後最悪の紛争とまで言われる泥沼の戦争にまで張ってしてしまった。このユーゴスラビア紛争以後、歴史学は原子爆弾を作った物理学よりも恐ろしい、と言われるようになった。
 これは極端な例だが、朝鮮や日本に近代史を見る場合でも、愛国心やナショナリズムは百害あって一利のない障害物でしかない。
 わたしは歴史を語る場合、民族ではなく、つねに歴史の中で虐げられた人々によりそっていきたいと考えている。」(iv-v)

 近代的な仕方で登場した愛国心、ナショナリズムの問題性はそうとしても、それを批判的に分析し解明することが近代を論じる前提であることも否定できない。
 第一章の6「洗礼を受けた士大夫」。これは朝鮮における天主教の歴史のはじまりを扱った部分であるが、「その後天主教は、漢訳西洋書によって教義を学んだ士大夫層ではなく、厳しい身分的制約の中で天主教そのものに魂の救済を求めた一般民衆や女性の間に広まっていくのである」(62)と結ばれている。
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