宗教倫理学会・学術大会を終えて

 昨日、キャンパスプラザ京都を会場に、宗教倫理学会の学術大会が行われた。今年で14回目となる。すでに学術大会も一定の形態が定着し、安定した大会運営が行われ、また内容も、個人の研究発表から公開講演まで、充実した、聞き応えのあるものであった。しかし、その一方で、学術大会や研究会への参加者の数などから見て、ややマンネリに陥りつつあるとの危惧もあり、それに関連した会員の意見を聞くためのアンケートが行われ、総会などで話題になった。
 現在、宗教倫理学会の会員は200名程度であるが、学会の学術大会・講演会・研究会にコミットする数は、十分な水準に達しておらず、この規模の学会がかかえる問題点(基本的に同じメンバーで運営がなされ、いつも同様の顔ぶれになってしまう)が現れている。学術大会にしろ研究会にしろ、会員の要望により即した充実化をはかるには、ややパワー不足であり、これから次年度に向けてのさまざまな相談が評議会にて行われることになるが、知恵をしぼる必要があると思われる。

 昨日の学術大会では、午後に末木先生の講演「死者と時間」が行われた。聴衆は50名あまり。内容は、前半では、時間論(哲学的な時間論を概観しつつ、日常性から時間を問うこと、時間の循環性と進行性といった論点が取り出された)が展開され、「死者の時間」という問題から、後半は死者論(過去優位。死者の変貌、告発する死者と死者の恩恵)が扱われた。テーマからもわかるように、聞いてすぐにすらすら理解できるといった講演ではなく、公開講演としては難し目であったように思われるが、それだけに多くのことを考えさせられた。
 講演後の質疑では、時間の関係上、省略された「4.神仏の時間」に関して、特に「神仏を絶対者=永遠と見る誤り」といって点などが取り上げられ、わたくしも、最後に簡単な質問を行った。
 改めて、末木先生の『他者/死者/私 哲学と宗教のレッスン』(2007年、岩波書店)を読み直してみたいと考えている。

 学会あるいは学術大会は、その実務・運営に関しては、役職上、その責任をおった人々の苦労によって支えられているわけであるが、それが学会員全体の支持を受けているかいないかで、学会のあり様はまったく異なってくる。その点で、会員である限り、だれも部会者(=ただ乗り的な姿勢の人。実際、入会手続きをして学術大会で研究発表を行ったにもかかわらず、会費もおさめず自動退会する人が存在する)ではないという原則・事実を、思い起こすべきであろう。
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