洗足教会にて

 本日、洗足教会に招かれまして、伝道礼拝での説教とミニレクチャーを担当しました。洗足教会は、東京のJR大井町から東急大井町線で五つ目の旗の台駅から数分の場所に位置し、植村正久に関わりのある教会です。何とか役目を果たすことができたと思います(台風のことで、心配しましたが、その点も無事でした)。牧師の洪徳憙先生、伝道委員の石井さん、そして新庄教会出身の土屋さんなどと、温かい交わりの時をもつことができました。
 ミニレクチャーは、資料を配付して行いましたので、以下に、その資料の内容を掲載します。参考にご覧下さい。

現代日本とキリスト教

A.キリスト教信仰と社会
1.信仰と社会とは無関係か? → 日曜日と週日がばらばらのキリスト者?
   キリスト教徒は社会の問題に無関心であり得るか。
   日本人は?
2.信仰告白から宣教へ:
  「御言葉はあなたの近くにあり、/あなたの口、あなたの心にある。」
   これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです。(ローマ10:9)
3.地の塩、世の光:
  「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩
   味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつ
   けられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れること
   ができない。(マタイ5:13-14)    ↓

B.現代日本の危険な徴候
4.教育、政治、社会の現状(荒廃、排外主義・右傾化、格差・孤立)
5.貧困大国への道(堤未果『(株)貧困大国アメリカ』岩波新書)

C.再度、「ぶどう園の労働者」のたとえ
6.不満(不公平だ)を述べる人々 → 聴衆・読者における不満の共有?
  同意できるか?
7.1デナリオン=最低限度の生活を保証される権利
8.最低賃金と生活保護、生活保護バッシング
    制度の運用の不備と制度の存在意義とは同じレベルの問題なのか。
  ↓
最初に雇われた人々と最後に雇われた人々を分断する世界は「この世」の秩序(=罪)
であり、これは、教会の現実とも無関係ではない
9.共感を忘れた日本社会で、教会は信仰が守れるのか?
 太平洋戦争前・中の日本社会においてキリスト者が置かれていた状況。

D.現代社会の問いを共有するところから宣教は始まる
10.共に生きる教会、応答する教会を求めて
教会の中で→教会の外へ
11.ボンヘッファー『共に生きる生活』新教出版社。
12.「東京オリンピック」から日本の将来を考える。

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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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