再洗礼派の意義

 再洗礼派については、宗教改革以降のキリスト教史のテーマとして、議論が行われてきた。もちろん、「洗礼」の意味という仕方で、この問題はキリスト教思想全体の中に位置づけることも可能であり、その点では歴史的な事象にとどまらない意味がそこには存在する。現在もしばしば論じられる幼児洗礼の問題、あるいは聖餐のサクラメントとの関連性など、これらは、現代的な問いとして再洗礼という議論が提起されるべきことを指し示している。
 しかし、同時に、やはり再洗礼派はプロテスタントキリスト教史の問題であることは変わりはない。

 本ブログでも、しばしば紹介してきた、『福音と世界』における現在進行中の連載「旅する教会──再洗礼派と宗教改革」(2013.12で9回目)は、現在の再洗礼派研究という観点から興味深いものであり、宗教改革500周年に目前に、宗教改革の歴史的再評価を行うという研究課題からも、注目すべきである。
 日本においても、再洗礼派などの宗教改革関連分野の研究は重要な先駆的な研究が存在する。榊原巌の一連の研究(多くは平凡社から出版)などは、宗教改革以降のプロテスタント諸潮流の研究としても再読すべきであるが、再洗礼派研究の入門的なものとしては、次の文献が挙げられるであろう。

出村彰
『再洗礼派』
日本キリスト教団出版局、1970年(オンデマンド版・2005年)。

第一章 最初の殉教者──リマト河口の悲劇
第二章 ツヴィングリとチューリヒの宗教改革──ただ聖書のみによって
第三章 キリストとカイザル──教会と国家の問題
第四章 分裂の始まり──ミュンツァーへの手紙
第五章 最初の信仰洗礼──論争と決断
第六章 ツォリコンの聖餐共同体──平信徒の教会形成
第七章 ふたりのハンス──フートとデンク
第八章 フープマイア──再洗礼主義共同体の可能性
第九章 ミヘル・ダトラー──しかも殉教の死に至るまで
第一〇章 「シュライトハイム信仰告白」──再洗礼派の神学
第一一章 破局と新生──ミュンスターとメノナイト
第一二章 再洗礼主義と現代──再洗礼主義の本質をめぐって

あとがき
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 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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