日本? この困難なテーマ

 日本とは何か。きわめて困難な問題である。日本キリスト教思想ということに取り組みだして、特にこの感を強くしている。そして、それとともに、日本をあまりにも自明のわかりきったことででもあるかのように、粗雑に考える思考方法を気になっても来ている。いつから日本は日本になったのか。日本的伝統とは具体的に何か。話を近代、明治以降に限定するならば、まだ答えようはあるかもしれないが。それ以前に、現代人が漠然とイメージしている日本を投影できるかはきわめて疑わしい。もちろん、伝統とも言われる連続性は存在するが、その質と程度・範囲が自明ではない。

 このように考えたときに、「マガジン9」に掲載の田中優子さんの記事が目に付いた。日本文化の専門家であり、政治を含め多当面で活躍中の方であるが、「日本の伝統文化」などど政治的なコンテクストで使用することの問題がよくわかる内容である。

冒頭部分を引用するので、関心のある方はご覧いただきたい。

田中優子さんに聞いた1

日本の「伝統文化」とは

編集部
 田中先生は、江戸時代の文学や文化、生活をずっと研究されてきた江戸学者として有名ですが、先日「最近の、日本古来の文化や伝統を守れというような風潮、言い方にとても違和感を持つ」というような発言を、ある講演でなさっておられました。それはどういうことなのでしょうか。

田中
 まず、日本の文化伝統とは一体どういうものなのか、という検証をまったくせずに、軽々しくこの言葉を使うことへの批判ですね。日本古来の伝統などというのは、とても抽象的ですごく多岐にわたるものなのです。だから、膨大なジャンルのものを一言で片付けられるはずがありません。いったいどれを指して「日本の伝統、文化」と言っているのかが疑問なのです。

編集部
 「日本の文化伝統」という言葉が、とても安易に使われている、ということですね。

田中
 そうです。例えば私は「色好みの文化」も研究してきました。『江戸の恋』(集英社新書)という本にも書きましたが、例えば江戸時代、「好色」という言葉は、男性にも女性にも使う、非常に評価の高い言葉だったのです。教養があって、芸ができ、恋心についてよく知っている人を指し、文化の担い手でもありました。
しかし、最近の日本文化を守れ、という風潮の中にこの「色好み」は含まれていますでしょうか? いわゆる伝統主義者たちは、そういう平和で柔弱なものは伝統として扱おうとはしません。戦うのに都合のいい「武士道」を強調するのです。また、例えば「農民一揆」も、伝統といえば伝統でしょう。これは「一向一揆」などから始まったのですが、一揆を起こすには、きちんとした儀式と手順がありました。伝統にのっとって起こされたと言えるのです。これは権力に対する叛乱です。それも日本古来の伝統として認めるのですかと、秩序を重視し、やたらに伝統を言い立てる人たちに、私は問い返したいですね。

・・・」

 日本における宗教性を担っていた異議申し立てのある爆発的なエネルギーは江戸時代、そして明治を経て、どうなったのか。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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