キリスト教伝統の多様性、モンタノス研究から

 キリスト教といっても、きわめて多様であり、最近のキリスト教研究では、いわゆる異端とされてきた運動や人物について、その再評価再解釈を求めた研究が活発に行われている。それは、「正統的」キリスト教が自明でなくなり、キリスト教の問い直しが求められていることに対応した動向と言える。キリスト教的伝統はきわめて多様であり、その多様性を積極的に取りあげること、そのための地道な古代以来の文献テキストの研究が現代的な意味を有するものとなっているのである。現代のキリスト教研究は、現代だけを見ていて成り立つわけではない。現代にいたるキリスト教の歩みの全体へのどれだけ十全な洞察がなされているかが、現代のキリスト教を問う上での前提と言える。
 再評価すべき伝統の一つが、キリスト教史に断続的に繰り返される霊的預言者的終末的運動である。わたくしは、小原克博さんとの共著『キリスト教と現代──終末思想の歴史的展開』(世界思想社、2001年)の第II部「キリスト教師草紙と終末論の展開」で、この伝統を概略を描く試みを行った。その際に最初に取りあげたのが、モンタノス運動である。

「こうした制度化された宗教への急速な傾斜は、教会組織の階層化──一〇〇年頃には、アンティオキアの司教イグナチィウスは教会概念に、司教・司祭・助祭の三層の位階制を結びつけている(〔コンツェルマン、一九八五、二四頁〕)──という仕方で進められるが、これは、それに対する大きな反動を引き起こすことになる。わたしたちは、この最初の大規模な動きをモンタノス運動に見ることができる。

二世紀の三つの「原始キリスト教的」解放運動の中でも、二世紀半ば以降フルギアにおける預言者的-黙示録的爆発ともいえるいわゆる「モンタノス主義」は、教義史的に見ると、一見付録的な運動のように見える。というのも、このモンタノス主義において、教義史の異端ではなく、教会史上最初の、エキュメニカルなものからの分離運動が問題の焦点となっているからである。……この運動はもともとは「カタフルギアの」運動と名づけられたものであるが、すでに広範に「脱終末論化」されていた教会の時代の預言者的-黙示録的精神の「覚醒」であると単純に見なすことはできない。むしろキリスト教の総体を今や徹底的に「終末論的に」、つまり身近にせまりつつある時代の終末から理解し判断しようとする(当然二世紀においては時代錯誤的な)緊急の試みを内実としている。〔バイシュラーク、一九九六、二一六頁〕」
(同書、91-92頁)

 というわけで、モンタノス運動は、わたくしのもちろん専門外の研究領域に属する研究対象ではあるが、その研究動向には関心を払い続けてきた(私自身の出発点は、ティリッヒの終末論の議論を研究した学生時代に遡り、本ブログの研究テーマとの関連も重要になる)。

 導入が長くなったが、今回は、ハイデルベルク大学神学部提出され学位を授与された研究論文で、近年出版された研究書を紹介したい。博士学位論文のスタイルにしたがって、優れた研究と思われる。

Heidrun Elisabeth Mader,
Montanistische Orakel und kirichliche Opposition. Der fruhe Streit zwischen den phrygischen >>neuen Propheten<< und dem Autor der vorepiphanischen Quelle als biblische Wirkungsgechichte des 2.Jh,. .n Chr.,
Vandenhoech & Ruprecht, 2012.

Vorwort
1 Einleitung
2 Kritisch kommentierte Forschungsgechichte zur Literarkritik von Epiphanius' Panarion 48.1-15
 2.1 Hinführung
 2.2 Gegliederter Inhalt von Panarion 48.1-15
 2.3 Darstellung der Forschungsgeschichte zur literarkritischen Frage von Epiphanius's Panarion 48.1-15
 2.4 Zentrale Argmente der bisherigen literarkritischen Argumentation, kritisch ergänzt
 2.5 Fazit
3 Analyse der fühen Quelle des Epiphanius: Zwei streitende theologische Positionen über prophetischen Charismata
 3.1 Hinfuhrung
 3.2 Einheit und Dissens -- die Entfremdung der phrygischen Bewegung von der Kirche
 3.3 "Wir müssen auch die Charismata empfangen" --- die Debatte über das Anliegen zeitgenössischer Prophetie
3.4 Wahre Propheten ist verstandesorientiert
 3.5 Exkurs Q.E.'s (Panarion 48.8.7-48.9.10) über die ethisch-regorosen Forderungen der Phryger gegenüber
  der moderaten ethischen Haltung der ekklesia nach dem Evangelium
 3.6 Der sich rühmende Montanus als Antitypos zu den Schriftpropheten und dem Kyrios
 3.7 Maximillas Willenlosigkeit
4 Über legungen zur histirischen Verortung der fühen Quelle des Epiphanius
 4.1 Hinführung
 4.2 Korrelation Q.E.'s mit dem Anonymus
 4.3 Untersuchungen zu Miltiades
 4.4 Gegenprobe: Thesen zur Verfasserschaft Q.E.'s in der Forschungsgeschichte
 4.5 Ergebnis: Historischer Ort Q.E.'s
5 Die Logien von Maximilla und Montanus
 5.1 Verortung des eigenen Ansatzes in der Forschung
 5.2 Einzelbesprechung der Logien Maximillas
 5.3 Redaktionelle Überlegung zur Reihenfolge der Logien
 5.4 Profilierung Maximillas
 5.5 Einzelbesprechung der Logien des Montanus
 5.6 Profilierung des Montanus
 5.7 Maxmilla und Montanus im Vergleich
6 Exkus zu ego-eimi-Selbstvorstellungen

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 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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