大震災3年がたって

 東日本大震災より、3年となる。本ブログでも、原発事故を含めこれまでかなりの文章を掲載してきた。しかし、語るべき事柄に比して、飛び交う言葉はあまりにも貧しい。まだまだ出口が見えない中、混迷の度合いが増しつつある。もちろん、前進したこともある。わたくしの個人的な範囲でも、母校の福島高等学校は今年の完成を目指して校舎の改築工事が進行中であり、また高校3年に転会しその後帰省するたびに過ごした福島教会も、倒壊した会堂と同じ場所に新会堂を建築する動きがいよいよ具体化に向かいつつある。

 しかし、阪神淡路大震災の事例からも想像できるように、地域の再建の道のりは長く容易なものではない。そもそも東北地方は、日本全国の中でも人口現象が顕著な地域であり、この大震災がなかったとしても、その将来像は決して明るくはなかったはずである。わたくしの故郷の山形県新庄市も、山形県北部の最上郡の中心であるにもかかわらず、この40年余りのうちに、人口が4万数千人から3万8千人に、つまり5千人あまりの人口が減少している。小学生、中学生の数が驚くほどの激減である。この長期的な動向の中で大震災だったわけである(これは、関東大震災や阪神淡路大震災との大きな相違である)。それに加えて、福島原発事故。

 混迷が深まりつつある中、次の点を指摘したい。これは、以前、キリスト新聞の論壇に掲載したものの結びの部分である。
「では、教会は、キリスト者は、このネットワークに属する者として、何をなし得るのか、何をなすべきなのか。世界はいまだ暗闇の中にある。キリスト者は、この暗闇の中で、前方に確かに近づいている夜明けを指し示す役割を担っているのではないだろうか。それは、イザヤ書の謎めいた託宣が告げる通りである。「見張りの者よ、今は夜の何どきか」、「夜明けは近づいている、しかしまだ夜なのだ。どうしても尋ねたいならば、尋ねよ もう一度来るがよい」(イザヤ21.11-12)、と。今年こそ、「高い山」に登って、「力を振るって声を上げ」(イザヤ40.9)、希望の福音を告げ知らせたいものである。」

 本ブログでも、大震災を念頭に、神義論について論じかけて、議論が中断している。いずれ、本格的な形で再開しなければならないだろう。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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