現代聖書学から、クロッサン2

ジョン・ドミニク・クロッサンの著作、
『イエスとは誰か──史的イエスに関する疑問に答える』(新教出版社、2013年)
の第二章を紹介します。
 テーマはクリスマス物語です。信仰の内容を表現する意図で作り出された寓意的な物語という理解です。字義通りに解釈しない、むしろ意図を正しく読み取る解釈が大切と言うことになります。ここで、発想を変えるべきは、史実と神話の二分法に基づく、寓意・神話の無意味性という考え方であり、史実であるかどうかが議論の全てという狭い見方です。ここに大きなポイント、分かれ目があります。ともかくも、多くに人々が一度は聖書についてもつ疑問の一つ、クリスマス物語、処女懐胎について、クロッサンはどのように聖書学的に論じているかが、第二章の内容です。

2 イエスは神の御子、処女マリヤの子か
「マリヤとヨセフと馬槽の幼子イエスを、羊飼いや博士や天使が囲んでいる。あおれは作り話というか、譬えです。」(24)
「キリスト教のメッセージはいちいち文字通りに受け取らなくても真摯に受け止めることができるのです。」(25)
「これはミュージカルの序曲です。福音書の序章で、作品の主題を先取りしているのです。」(27)
「こうした話をルカがする意図は明らかです。ヨハネをイスラエルの偉大な英雄たちに重ねたうえで、そのヨハネよりもいイエスが遙かに偉大であることを示したわけです。」(28)
「誕生物語とはどういうものか」「ルカとマタイは互いに別の話を作りましたが、目的は同じです」、「確かにマタイもルカも処女懐胎については一致しています。ただ、あの話こそ、キリスト教徒たちがイエスの意義について語る方法を探して聖書を検索した証拠なのです。」(30)
「イザヤ」「その言い伝えを、マタイや審判ではなく希望の預言として解釈したうえで、「処女」という単語を若い女の結婚前の状態ばかりか妊娠中と妊娠後の状態にまで適用したのです。」(31)
「イザヤがイエスを預言したのではなく、イエスに預言の成就を見た基督教とたちが、昔からの言い伝えをもとにして話を作ったのです。断言します。処女懐胎の物語は、イエスの意義についての信仰告白であって、マリヤの身体に関する生物学説ではありません。」(32)
「戸籍登録は自分の生活する土地で済ませるのが普通でした。登録のためわざわざ里帰りなどしません」、「イエスの親にベツレヘムで出産してもらいたいばかりにルカの思いついた作り話なのです」、「誕生物語は、一派の共有する信仰を絵画のように表現する手段です。こうした物語を推進するエンジンが、旧約聖書でした。」(34)
「帝王アウグストゥスか農民イエスか。実話にしろ寓話にしろ、これは挑発なのです。あなたはあなたの神をどちらに見いだすのでしょうか。強者、抑圧者でしょうか。それとも弱者、被抑圧者でしょうか。」(37)
「実話でなくて当たり前で、そんなことはどうでもいいからです。真意を問うことが大事です。」(38)
「処女懐胎とは、神とイエスとキリスト教信者の特殊な関係、つまり信仰の内容を描いた寓話なのです。」(39)
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