自然神学から政治思想へ、アーレント

 本ブログの中心テーマは、自然神学を社会科学の問題領域に拡張することになる。今年度は、特に政治思想に焦点をあてて議論を進めつつあるわけだが、たとえば、問題は、「宗教と科学」との関係論と政治的問題といった設定になる。もちろん、思いつきということでよければ、いろいろな構想が浮かんでくるわけであるが(こうした諸構想を十分に検討する時間がないことが最大の問題である)、あまり空想にふけっているわけにもゆかない。

 こうした問題設定を具体化するために、Lisa L. Stenmark の Religion, Science, and Democracy. A Disputational Friendship (Lexington Books, 2013)などを見ていると、示唆的な議論を発見する。この著書に注目したのは、その副題が印象的であったことが理由の一つであるが、その最終章(第8章)で、この副題の内容が論じられている。
 科学と宗教の言論(SRD)をめぐる、文化闘争、権威といた諸問題を検討した上で(科学も宗教も公共圏における社会的な活動ととらえられる。教理や発見とはこうした圏域に属する)、問題は、宗教と科学の間に討論によって構築される友好関係がいかに形成できるのか、ということになる。
 そのために、Stenmarkが参照する思想家の一人が、ハンナ・アーレンとである。特に言及されるのは、アーレントの"On Humanity in Dark Times, Thoughts about Lessing"( Men in Dark Timesに所収。『暗い時代の人々』ちくま学芸文庫)である。

 なお、『暗い時代の人々』の「はじめに」(邦訳から引用)で、アーレントは次のように述べている。
「私がここで用いようとしている広い意味での「暗い時代」とは、実際怖るべき斬新さを持った今世紀の極悪非道な行為それ自体と同一のものではない。むしろ、暗い時代は新しいものでなkばかりか、歴史上まれなことでもない。」
「われわれのように暗さに馴れた目には、かれらのともした光がろうそくの光であったか、それとも燃えるような太陽のそれであったかを語ることはむつかしい。」(010)

 現在も、同様に「暗い時代」の中にある。そこで、宗教と科学との関わりを論じようというわけである。
 ちなみに、アーレントとは取り上げる、暗い時代の「人々」とは、レッシングは別して、次の思想家たちである。

ローザ・ルクセンブルク、アンジェロ・ジュゼッペ・ロンカーリ、カール・ヤスパース、アイザック・ディネセン、ヘルマン・ブロッホ、ヴァーター・ベンヤミン、ベルトルト・ブレヒト、ワルデマール・グリアン、ランダル・ジャレル
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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