『福音と世界』より

『福音と世界』(2014.7)が届きました。

 今回の特集は、「悪を神学する──それ抜きに語れるか」です。古典的な問いであり、現代的な問いです。

渡辺信夫「悪の実態が見えてくるまでずいぶん長い戦いが必要であった」
三浦 望 「ヨハネ福音書における「悪」と現代」
宮本久雄「根源悪からのエクソダス」
高島 章 「悪法」
 今回からスタートの、トマス・C・レーマー「暗き神」「01 ヘブライ語聖書におけ暴力、残虐、性」も、同じ問題系にあると言えるだろう。神義論にかぎらず、悪を問う場合、悪のなにをいかに問おうとしているのかという問う側の立場・主体がまず問われるべきである。

連載は、いつのも通りであるが、次のものだけを紹介したい。
・寺園喜基「カール・バルト『教会教義学』の世界7 創造論(中)」:人間論の部分である。
・太田愛人「大正・昭和キリスト教史の周辺12 植村正久の死」:今回は、植村、内村、海老名といった人物が登場します。残念ながら、本連載も今回が最終回とのことです。
・「旅する教会──再洗礼派と宗教改革16」、永守哲也「「宗派化」の時代を生き抜く宗教的少数派──16─17世紀の「スイス兄弟団」」:再洗礼派と宗派化という問いは、宗教運動と制度化という問題の具体的系かもしれない。ここにスイス兄弟団が位置し、その分裂からアーミシュが生まれる。

今回の号には、わたくしも、ティリッヒの『組織神学』の紹介文(52頁)を書いていますが、関心のある人はご覧下さい。
」 
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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