キリスト教とユダヤ的なもの(3)

 ユダヤ教、ユダヤ的なものとは、わたくしにとって、本来研究領域が接しているはずの事柄ではあるものの、必ずしも論じ安いテーマではない。むしろ、論じにくいと言うべきかもしれない。それにもかかわらず、このテーマを取り扱おうとすると、さまざまな文献を参照することになる。こうした作業の中で、興味深いユダや論と思われたものを紹介したい。著者は、かなり有名な人物であり、わたくしも、ある学会の学術大会における公開講演会で講演を聞いたことがある(昨年で、すでに19刷とあるので、よく読まれている文献である)。

内田樹
『私家版・ユダヤ文化論』
文藝春秋、2006年。

はじめに

第一章 ユダヤ人と誰のことか?
   1 ユダヤ人を結びつけるもの
   2 ユダヤ人は誰ではないのか?
   3 ユダヤ人は反ユダヤ主義者が<創造>したという定説について
第二章 日本人とユダヤ人
   1 日猶同祖論 
   2 『シオン賢者の議定書』と日本人
第三章 反ユダヤ主義の生理と病理
   1 善人の陰謀史観
   2 フランス革命と陰謀史観
   3 『ユダヤ的フランス』の神話
   4 <バッド・ランド・カウボーイ>
   5 騎士と反ユダヤ主義者
   6 モレス盟友団と個人的な戦争
   7 起源のファシズム
終 章 終わらない反ユダヤ主義
   1 「わけのわからない話」
   2 未来学者の描く不思議な未来
   3 「過剰な」ユダヤ人
   4 最後の問い
   5 サルトルの冒険
   6 殺意と自責
   7 結語
   8 ある出会い
新書版のためのあとがき

 著者自身が述べているように、本書は「ユダヤについて中立的で正確な知識」を提供することを意図したものではなく、「なぜ、ユダヤ人は迫害されるのか」という問い、あるいは「反ユダヤ主義には理由があると信じている人間がいることには理由がある」という問題を扱ったものであり、この「人間の邪悪さと愚鈍さ」を論じることが本書の意図にほかならない。もちろん、本書は無責任な個人的な意見を並べ立てたものではなく、「あとがき」によれば、著者の長年の研究ノートと大学での講義ノートに基づいたものであって、多くの傾聴すべき論点を含んでいる。
 たとえば、わたくしが同感した論点の一つは、「例えば、「日本人」という民族呼称だって一義的に定義することは困難である」(21)との指摘である。これは、「ユダヤ人という語は、ユダヤ人に対する価値判断を下した後でしか指示的に用いることができない。だから、この語を中立的・指示的に使用することは原理的には不可能なのである」との議論の文脈で、この面倒な議論は、ユダヤ人のみならず、あらゆる「・・・人」に当てはまるという議論の例として述べられたものである。
 あたかも「日本人」という語が自明であるかのような前提で議論を行っている日本人論・日本論が少なくない中で、もっともな指摘である。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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