ケンブリッジ・プラトニズム、政治と宗教

 17世紀のイングランドは、一方で、政治から宗教、経済、科学の全領域において創造的混沌というべき状況にあったが、他方で、そこからその後の西欧的近代のシステムが浮上することになった(トレルチの言う新プロテスタンティズムとそれに対応した近代の言わば発祥の地)。「近代」においてもっとも魅力的な時代・地域である(もう一つ挙げれば、18世紀末から19世紀にかけてのドイツを挙げることが出来るかもしれない。また、ドイツのワイマール時代は、近代から現代への移行を画する点で先に挙げた時代・地域に並ぶものとなった)。
 それだけにこれまでも、この時代・地域に関しては、世界的にはもちろん、日本においても少なからぬ優れた研究がなされてきた。
 わたくしも、「宗教と科学」というテーマに本格的に取り組むようになったのは、まさにこの時代・地域に関連する「ニュートンとニュートン主義」というテーマからであり(『自然神学再考──近代世界とキリスト教』晃洋書房)、その後、ピューリタン革命前後の千年王国論(共著『キリスト教と近代──終末思想の展開』世界思想社、の担当部分の中の第四章など)や、民主主義・資本主義の成立・展開(「近代/ポスト近代とキリスト教」研究会の研究報告書に収録論文)、近代的寛容論(「宗教的寛容」研究会の研究報告書に収録論文)といった諸テーマにも研究領域を広げることになった。
 以上の研究は、本ブログの研究的な背景の重要な部分となっている。

 こうした研究の中で、常に浮かび上がってきたのが、「ケンブリッジ・プラトニズム」である。この知的運動体は、以上の多様な問題連関に固有の位置を占めるものであり、その重要性は関連研究領域の研究者においては当然の了解事項であった。しかし、この運動体の全貌に対して正面からテーマ化して詳細を論じた研究は決して多くなく、特に、日本においては、いわば未踏の研究領域であった。
 今回紹介するのは、この困難な研究に取り組んだ若手研究者の研究成果であり、その労苦に敬意を表したい。それは、2012年に慶應義塾大学大学院法学研究科に提出し博士(法学)を授与された学位請求論文に加筆修正を行って先頃出版された次の文献である。

原田健二朗
『ケンブリッジ・プラトン主義──神学と政治の連関』
創文社、2014年。

凡例
序論 本研究の背景
  第一節 既存研究
    一 観想と実践──古典的解釈パラダイム
    二 ケンブリッジ・プラトニストの同時代性と実践性──近年の研究傾向
  第二節 イギリスの「中道的近代」に向けて
    一 近代・理性・宗教
    二 キリスト教と世俗化の問題
    三 本書の構成

第一部 神学から道徳へ
第一章 思想的来歴──理論と実践におけるヴィア・メディア(中道)
  第一節 問題の所在──ケンブリッジ・プラトニストにおける「実践」への視座
    一 プラトニズムと理性主義神学
    二 自然哲学と自然神学──神・自然・人間の霊的原理
    三 神学的ヴィア・メディア
  第二節 内乱期にいたる知的格立──一六三〇─五〇年代を中心に
    一 プラトニズムと理性主義神学
    二 自然哲学と自然神学──神・自然・人間の霊的原理
    三 神学的ヴィア・メディア
  第三節 体制転換期における中道的アングリカニズムの実践──一六六〇─八〇年代を中心に
    一 神学的抗争──ピューリタンと高教会派アングリカンの間で
    二 大学における中道の実践
    三 教会における中道の実践
    四 広教会主義の形成と主知主義神学の行方
  第四節 おわりに

第二章 神的理性と「神への参与」──哲学的神学の基礎
  第一節 はじめに
  第二節 ケンブリッジ・プラトニズムの哲学・神学原理
    一 主意主義批判
    二 ネオプラトニズムの生得的原理──神の存在と霊魂不滅
    三 物質主義・無神論・ホッブズ
  第三節 「理性と信仰」論
    一 創造と再創造の原理
    二 主の灯火(Candle of the Lord)としての理性──「神的理性」への参与
    三 「神の創造への参与」
  第四節 おわりに

第三章 自由意志と倫理──神への自由と完成
  第一節 ケンブリッジ・プラトニストにおける「自由」の意義
  第二節 「真の自由」(true liberty)の理念
    一 善・コミュニケーション・キリスト
    二 自由の哲学──自由意志の擁護
    三 自由意志と恩恵
    四 「自由の神学」あるいはキリスト教的自由の理念
  第三節 キリスト教倫理の特質──道徳的自由の完成
    一 創造から再創造における道徳
    二 人間精神の自己統治
    三 徳の再創造と神への帰還──「永遠的善」
  第四節 おわりに

第四章 神愛の概念──善・参与・愛の法
  第一節 問題意識──愛の思想的位置
  第二節 神人関係における愛
    一 アガペーの本性的再基礎づけ──神的エロース
    二 自由における神への愛
    三 神と人間との間の友愛(フィリア)
  第三節 世界における愛の実践
    一 愛の倫理的実践性──内面と実践における愛の法
    二 愛における神への参与
  第四節 おわりに

第二部 道徳から国家・教会へ
第五章 神学的主知主義の自然法道徳
  第一節 はじめに
    一 「ケンブリッジ・プラトン学派」と自然法
    二 信仰と自然法──アングリカン倫理神学
  第二節 自然・神・本性的善──自然法の神学的基礎
    一 道徳的善の客観的実在性
    二 善における神への参与
    三 神と人間の道徳的絆としての自然法
  第三節 自然法とキリスト教倫理
    一 自然法と啓示法──「新しい自然」の法、福音の法へ
    二 自然法と善の内面的統治──実践理性と良心
    三 道徳的善と実践法則
    四 現世統治への視座──永遠法・自然法・実定法
  第四節 おわりに

第六章 包容教会理念
  第一節 はじめに
  第二節 理性によるコンフェッショナリズムの内在的克服
    一 宗教的共同性の基礎としての理性
    二 理性による熱狂と迷信の克服
    三 教会権威の相対化
  第三節 包容教会の精神的基礎
    一 モアによる良心の自由の擁護
    二 和協神学の基礎
    三 教会における「多様性の中の統一性」の実現
    四 キリスト教共同体の紐帯としての愛
  第四節 おわりに

第七章 黙示録解釈と千年王国論──アングリカン国制の擁護と革新
  第一節 一七世紀千年王国思想の多様性
  第二節 一七世紀イングランドにおける黙示録解釈と千年王国論
    一 イングランド黙示思想の展開
    二 ミードとモア──ケンブリッジ・プラトニストの黙示録類型
  第三節 千年王国論における神学・道徳・歴史
    一 黙示録解釈の手法
    二 道徳的千年王国
    三 ユダヤ人の改宗問題──包摂と寛容の展望
  第四節 アングリカン国制と千年王国──教会と国家の革新
    一 中間的現世と時間意識
    二 イングランド・プロテスタント統治の擁護
    三 インドランド国制と千年王国における協働と刷新
    四 ローマ教会の問題
  第五節 おわりに

第八章 政治世界像──善・参与・主知的システム
  第一節 はじめに
  第二節 「政治」の前政治的基礎
    一 「参与」とコミュニケーションの政治──道徳秩序と現世構想の連関
    二 中間的人間の倫理──共同体・他者・「神の作品」
  第三節 国家・教会秩序の再構成原理──カドワース『宇宙の真の知的体系』を中心に
    一 キリスト教プラトニズムの政治哲学──公共善と主知的法
    二 政体の構成──自然的正義・宗教的良心・政治的主権
    三 為政者と人民の間の道徳的紐帯
    四 国家と教会の協働関係の再構築──キリスト教君主政
  第四節 おわりに──非政治的視座

結論

あとがき

参考文献
索引

 この緻密に構成された研究は、「一七世紀インドランドの思想家群であるケンブリッジ・プラトン主義者における実践に対する視点を再構成し、その社会と政治に対するレレヴァンスの在処を探ること」を目的にしている(3)。取り上げられる思想家(ベンジャミン・ウィチカット、トーマス・モア、ラルフ・カドワース、ジョン・スミスら)は、「厳密な意味での「政治思想家」とは決して言えない」が、そこに「キリスト教と政治との関係に関する一つの異なった局面」が示唆されるという視座からなされた研究構想である。内容は、愛や自由意志といったキリスト教思想の内実にも踏み込むものとなっており、キリスト教思想研究の観点からは、興味深いに議論の展開と言える。
 本書は、法学の博士学位の請求論文として成立したことが示すように、その議論は、政治思想史の問題領域を中心にしたものであるが(神学との関わりも、政治思想から神学へというベクトルになり、本ブログでのベクトルと差違を示しつつも交差している)、その射程は決して狭い問題領域にとどまっていない。これが、本書の特徴、独自性をなしている。
 もちろん、著者自身が、「本書で付け加えられるべきだった考察主題」(280)に言及しているとおり、キリスト教思想(史)あるいは科学史といった観点から見て、手薄な部分があり、補強・展開の余地があることは言うまでもない。こうしたさらなる展開は、今後の著者の研究において示されるものと思われる。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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