政治行動としてのデモ

 世界的に見て、デモは民衆の重要な政治的行動の場として機能している。政治哲学・神学には、理論の構築を試みるだけでなく、当然、こうした政治行動についても論を展開することが求められる。民主主義とキリスト教との関わりを論じる際にも、議会制民主主義を基本にするのか、あるいは直接参加型の民主主義やデモまでを視野に入れるかで、その内容を大きく異なることになるだろう。
 次ぎに紹介するのは、社会運動としてのデモをめぐる新しい議論である。

伊藤昌亮
『デモのメディア論──社会運動社会のゆくえ』
筑摩選書、2012年。

はじめに

第1部 社会運動社会の到来
  第1章 お祭りデモと日本のプロテクターたち
  第2章 占拠デモと世界のプロテスターたち
  第3章 ソーシャルメディア革命の深層

第2部 社会運動社会の構成
  第4章 市民運動の原理とその変容
  第5章 市民運動型デモとお祭りデモ
  第6章 社会を変える運動・創ち出す運動

第3部 社会運動社会のゆくえ
  第7章 抗議する運動・関係する運動
     魔法で創り出された社会
     ネットワーキング──関係する運動
     意味のネットワーク──オウ会としてのデモ
     抗議する運動と関係する運動を循環させながら
     全体社会と部分社会を連携させながら
     攻撃する運動・憎悪する運動

引用・参考文献

 今は昔でも、デモに参加した経験がそれなりにある者としては、デモという行動の意味については、考えさせられることも少なくない。しかし、デモ自体が厳しい管理の下にある日本の現実は、かなり異様なものかもしれない。この点については、「村野瀬玲奈の秘書課広報室」の、「イスラエルによるパレスチナでの攻撃や虐殺に抗議する、日本でのデモの様子を見て心が痛む。」(2014-7-26付)を参照。
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