災害に向き合う

 8月になり、夏の暑さが続く中、台風が接近中である。12号は日本の西の海上を北上中、大気が蒸し暑い。さらに、南には、11号が存在し、来週の後半には日本にも影響がでる可能性があるとのこと。まさに、台風シーズンである。
 実は、こうした災害に向き合う状況は、決してこの時期に限ったことではなく、日本列島は災害に向き合う日常とでも言うべき現状にある。
 原発の問題などは、こうした日本の現実を踏まえて考えるべきであり、非現実的な机上の空論には早く退場いただきたいとものである。
 とこかくも、災害の現実、これが前提である。

稲泉連
『ドキュメント 豪雨災害──そのとき人は何を見るか』
岩波新書、2014年。



第一章 深層崩壊する山々──奈良県十津川村
  1 台風一二号の爪痕
  2 十津川村災害史
  3 救済体系はどう作られたのか

第二章 那智谷を襲った悲劇──和歌山県那智勝浦町
  1 時間雨量一〇〇ミリ超の現実
  2 太田川を警戒せよ
  3 死角だった那智谷
  4 自衛隊災害派遣
  5 災害現場と役場との間

第三章 首都水没への警告
  1 ゼロメートル地帯
  2 土地に刻まれた歴史
  3 カスリーン台風を語る
  4 減災へ

あとがき

 災害に関わる記録・記憶を保存し、そこから多くの教訓を取り出すこと、これは、人文学の重要な課題である。それは、災害のみならず、戦争を含めた歴史全般に及ぶことは言うまでもないが、現代日本の現状を考えるならば、人文学はその機能を果たしているのか疑わしくもなってくる(人文学に関わる人間がそんなことでどうするのかということではあるが)。繰り返しマスコミによって報道されないと急速に忘却し出来事の存在自体に気づかない、これを日本人の特性などということで片付けて良いのだろうか。もしこれは日本人の特性なら、日本にキリスト教を宣教するのが困難なのも当然かもしれない。

 首都水没は、東京都だけの問題ではなく、日本における大都市圏全般の現実である。日本列島では、一極集中はリスクが高すぎる、これはエネルギー・電力問題とも無関係ではない。やはり、原発は大きな焦点となるだろう。災害に立ち向かうための基本が、天災を人災によって悲惨なものにしない、天災を減災する、という点にあるはずなのに、住民の避難計画が十分に整わない段階での原発再稼働、これは何を意味するのか。
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