波多野精一文庫調査2

 昨日報告した東京神学大学の波多野精一文庫の調査に関して、いくつかのポイントをまとめておきたい。
 波多野精一文庫は、現在の東京神学大学の前身である「日本神学専門学校」(わたくしの父はここの卒業である)に1947年に波多野(70歳)が学術図書を寄贈したものであり、現在も東京神学大学図書に波多野精一文庫として所蔵されている。
この回の調査はその全貌の把握と、何冊かの文献を確認することであった。

 まず、波多野文庫の全体像であるが、A4サイズで197頁の目録が存在し、1頁10冊程度の文献が記載されていることから、文庫は全体が2000冊程度であり、京都大学大学院文学研究科図書館の西田文庫や田辺文庫に比べても同程度以上の規模である。ただし、波多野文庫の目録はそれ自体としてはWeb上は公開されておらず、OPACで検索する必要がある(時間さえかければ、検索結果から全体をまとめることもそれほど困難ではないかもしれない。それには検索の工夫が必要であり、今回の調査ではこの検索の仕方がわかった点が大きな収穫の一つである)。また、書庫内に立ち入っての調査も可能ではなく(少なくとも学外者の場合は)、一冊ずつ、必要なものを書庫から係員に取り出していただく必要がある。

 目録から気がついたのは次の点である。
・波多野文庫の中心は、西洋哲学全般とキリスト教思想関連の文献であり、重要な文献は波多野は手元に備えていたことがわかる。波多野宗教哲学三部作に執筆するために必要となった文献の多くのものがこの文庫内に確認できた。
・基本的な思想家(ソクラテス以前のギリシャ哲学、プラトン、アリストテレス、プロティノス、ストアのギリシャ哲学と、カント、フィヒテ、ヘーゲル、シェリング、ショーペンハウアー、フォイエルバッハなどのドイツ系近世近代哲学は特に)については、全集と研究書がかなりの数量で集められている(哲学史について叙述した文献や哲学関係の雑誌などもまとまった量が存在する)。日本における哲学思想研究の基礎の確立に寄与した波多野の哲学研究の姿勢がよく表れている。研究書の質と量がそれを示している。
・哲学書としては、ドイツ系のみならず、コックやヒュームのテキストや、ニーチェのものも存在し、波多野に近い時代の哲学(新カント学派、ディルタイ、オイケン、ハルトマン、ベルグソンら)から同時代の哲学(シェーラー、ハイデッガー、ブーバーシュプランガーら)も存在する。ブーバーのIch und Du、ハイデッガーの「形而上学とは何か」(1930)や「カントと形而上学の問題」も見られる。また、Religion der Tat: sein Werk in Auswahl / sören Kierkegaard が目に付いた。波多野はキルケゴール嫌いとの証言もあるが、単純な好き嫌いではないだろう。
・キリスト教関係のものとしては、聖書関連(各種の辞書やコンコルダンス、注解書。注解書では、ICCが目に付いた。やはりICCは参照していたということか。また宗教史学派の新約聖書学の文献はかなり揃っている)を始め、教父関係(ギリシャとラテンの双方)、宗教改革(特にルター)、19世紀のドイツ神学(シュライアマハー、シュトラウス、バウル、リッチュル、ハルナックら)、同時代の神学(トレルチ、オットー、そして、バルト、ブルンナー、ブルトマン、ヒルシュら)は充実している。バルトでは「クレドー」や「アンセルムス書」が目に付く。ブルトマンの諸作から判断して、波多野は様式批判の方法論は把握していたものと思われる。以外の多いのはアルトハウスの文献であり、ティリッヒに関しては、1919年の「文学の神学の理念について」が所収され「文化の宗教哲学」(1921)が唯一である。1925年の「宗教哲学」などは、1920年代の宗教哲学関連の文献がいくつか目に付くことから考えても、当然、波多野の手元にあっておかしくない文献ではあるが、この文庫には見当たらない。そのほかに興味深いのは、中世から近世にかけての神秘主義関連の文献がかなり収録されていることであり(エックハルトはもちろん、タウラーの説教集やベーメの著作)、神秘主義をめぐる同時代の研究書(オットー、シュヴァイツァー、ブルンナー)も存在する。アッシジのフランチェスコやトマス・アケンピスのものが英訳ではあるが見られるのに対して、トマスのものは研究書(ジルソンなどは当然として)が何冊か見られる程度である。また、面白いところでは、理神論者トーランドの著作が含まれていることである。
・キリスト教思想にかぎらず、宗教学や社会学の文献も、一定数が確認できる(波多野は現代宗教学の動向を把握していた)。マルクス、ウェーバー、フレーぜー、ケルゼン、シュペングラーなど。サンタヤナ、ダーウィン。「時と永遠」で名前が見られるエッディントンの著作も文庫に収録されている。Arthur Stanley Eddington, Science and the unseen world.
・キリスト教以外の諸宗教、ウパニシャド、仏教、イスラームに関連したもの。ユダヤ教では、ヨセフスの選集が存在する。
・以上の哲学・キリスト教思想・宗教学などに関連したものが中心であるが、波多野精一文庫は、ほかに文学や歴史について、まとまった文献が見られる。歴史関係としては、ランケやグロートらの文献など、古代ギリシャやドイツのかなり専門的なレベルのもの。
 文学関係としては、古代ギリシャの神話や悲劇、ダンテ、ゲーテ、シラー、シェイクスピアなどが揃っている。波多野文庫は、決して思想に限定されたものではない。また、音楽関係としては、ベートーベンやワグナーなどに関連した文献がいくつか見られる。
 このように波多野文庫は、歴史や文学を含めたキリスト教思想研究の全体的な基礎となる文献が収録されており、本来は、学生が自由に利用できることが望ましいものと言える(それぞれ図書館の事情があるとは思われるが)。この視野の広さが、波多野宗教哲学を支えている点に留意すべきである。

 以上が文庫目録からわかることであるが、エックハルト関係の研究書を実際に見て想像できたのは、次の点である。
波多野は、かなり内容を吟味して、文献を寄贈したのではないだろうか。というのも、エックハルトの研究書は、波多野自身のエックハルト論で実際に言及されてものであり、当然かなり読み込んでいることが予想されるにもかかわらず、書き込みはまったくなく、きわめて状態がよいからである。つまり、寄贈文献は、書き込みなどが見だたないきれいなものが選ばれたのではないだろうか。
 これは、波多野が文献をどのように読んだのかということに関わる。先に述べたように、波多野文庫では意外なほど、トマスやティリッヒの文献が少ない。これは、波多野がこうした思想家には十分に目が行きとどかなったと解することも可能であるが、あるいはかなり読み込み書き込みなどのために文献の状態がわるくなり、寄贈リストから外されてということもあるかもしれない(これは、わたくし自身の文献の使い方からの想像であるが)。真相はもはや解明するすべが存在しないわけではあるが、気になる点である(もちろん、より広く、文庫に収録の文献を調査することによって、ある程度の裏付けは可能と思われるが)。
 また、エックハルトの研究書からわかるのは、波多野の研究スタイルが、まず研究対象の基本的文献を精読し、それと共に、最新の研究書を参照するというものであること、つまり、現在も受け継がれている思想研究の基本を踏まえていることである。これが、京都大学における哲学研究の展開に重要な意味を有していたことは想像に難くない。
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